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ネットショップヒストリーネットの歴史と深くかかわってきた、ツクモネットショップの歴史を年表でご紹介!

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インターネットの歴史
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ツクモとツクモネットショップの歴史

ツクモネットショップの1995年

”顧問に聞いてみた” 第1回 1995年を振り返って

株式会社Project White顧問 鈴木淳一

株式会社Project White 代表取締役顧問 鈴木淳一

インターネットの登場がその後パソコン業界全体に与えた影響というものは結果的には物凄いものでした。しかし、最初はそうでもなかった。ただ、我々は「物凄い」と思っていた。インターネット館の開店は早すぎました。

1995年は11月にWindows95が発売となり、お祭りのように深夜販売をやって非常に多くのお客様にご購入頂きました。1994年までは、日本全体で出荷されるパソコンは三百数十万台でしたが、Windows95が出て五百万台を越したんです。

1994年にアメリカでモザイクという会社ができて、Netscapeに社名を変えて、それがアメリカでのインターネットの民間利用のスタートかな。これは非常にセンセーショナルな出来事だったんですが、日本ではそれほど話題にならなくて。

Windows95が発売になった翌月、縁があってアメリカに視察に行きました。その時、向こうに転勤していた学生時代の友人、全く違う業界の人ですが、会う機会がありました。日本にいた時はパソコンのパの字も知らなかったような友人から、「え、インターネット使ってないの? 遅れてるんじゃない?」と言われて。

当時はAOL、後にNetscapeを買収する会社ですが、これがアメリカでバーッと流行り始めた時期で、その友人も当たり前のようにEメールを使っていて、僕にインターネットのうんちくを話すわけです。あ、これは凄いなぁと。視察から日本に帰ってきて、これは何とかしなくちゃいけないと思いました。

また、僕がショックだったのは、アメリカでは中小企業でもみんなAOLを繋ぎっぱなしなんです。日本に帰ったら従量制だから、繋いでもいいけど終わったらすぐに切れと。とてもお金がかかるからと。1995年の12月時点で、アメリカではもう使い放題とかでした。日本はそのくらい、遅れてましたよね。だから、この段階では、パソコン業界的に、インターネットの影響というのは、日本ではそれほど大きくなかったですね。

あと、インターネットに関しては、当時本当に言われていて、ウソみたいなバカみたいな話だけれども、インターネットなんて所詮ダメになるよ、と。何故かと言うと、みんなが始めたら、スピードが遅くなって使いものにならないと。世界中でまだ接続していない人達が何億人と始めたら間違いなくダメになると、一部の専門家が言っていたんです。ところが、それを遥かに上回るスピードで、海底ケーブルが敷設されて、通信技術も革新され、回線速度が急上昇していった。結果、現在これだけの速度が出ている。昔言われていたことを、ハードに対する莫大な投資と技術革新で乗り越えてしまったのです。

次回は、『第2回 1996年を振り返って』 を掲載予定です!

【1995年】

ツクモオリジナル外付けFDD、絶賛販売中

(画像出典:デジタル99マガジンvol1 16P)

【1995年】

ツクモオリジナルマシン、絶賛販売中

スタッフの“ひとこと”当時の台湾等のアジアのパソコンメーカーはまだどのメーカーも技術的に手探りの状況が多く、マザーボードの回路の一部をハンダ付けしている場合もあった為、不良品も多い時代でした。増設メモリ等の部品も規格があいまいで同じパソコンでも動作するものとしないものがあったりとまだまだマニア向けの商品といったところでした。

(画像出典:デジタル99マガジンvol1 29P)

【1995年】

輸入品・自作パーツ、DOS/Vパソコン本館4Fにて絶賛販売中

スタッフの“ひとこと”当時は海外製のゲームは国内での流通が少なく、日本語への移植もあまり無い状況でした。その為、最新の海外ゲームを遊びたい為にパソコンを自作する方が多く、「DOOM」や「Wolfenstein 3D」、「Quake」といった今でもリメイクや続編の出ているゲームを店頭でデモをしていたことを覚えています。

(画像出典:デジタル99マガジンvol1 33P)

【1995年】

X68030オリジナルモデル、ニューセンター店にて絶賛販売中

スタッフの“ひとこと”X68000シリーズは本体、周辺機器ともに、最後期までお取り扱いしたこともあり、ファンのお客様から大変ご愛顧頂きました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol1 40P,vol2 60P)

【1995年】

ツクモグローバルカードご入会受付中


スタッフの“ひとこと”ツクモグローバルカードのイメージキャラクターの『グローバルくん』(あまり知られていませんでしたが。) グローバル(地球全体)の言葉のイメージと1980年代に使用していた包装紙のイメージを合わせたデザインを元に作られました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol3 95P)

【1995年】

ツクモ NIFTY店営業中

スタッフの“ひとこと”当時、ツクモNIFTY店の店長としてご紹介していた「高橋まちこ」さんは、実は実在しない架空の人物でした。ツクモネットショップ最初のマスコットキャラクターとも言えます。

(画像出典:デジタル99マガジンvol5 103P)

【1995年】

インターネット体験コーナーを開設

(画像出典:デジタル99マガジンvol3 100P)

【1995年 1月】

Apple MacOS 漢字Talk 7.5発売

スタッフの“ひとこと”しかしAppleが、OS8からはライセンス供給を行わないと発表し、僅か3年ほどでMacintosh互換機は市場から消えて行きました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol2 16P)

【1995年 3月】

カシオが世界初の液晶付き低価格デジタルカメラ「QV-10」を発売

スタッフの“ひとこと”当時カシオの営業さんが展示機を持ち込んだ時、パソコンショップでカメラが売れるのかなあというイメージしかありませんでしたが、その後一年も経たずにデジタルカメラというカテゴリが一般化したのが印象的でした。

(画像出典:デジタル99マガジンvol3 60P)

【1995年 5月】

エプソンが自社ブランド「ViVidy」でDOS/Vパソコンに本格参入

(画像出典:デジタル99マガジンvol1 6P)

【1995年 5月】

東芝がPentiumを搭載した高速サブノートDOS/V機 DynaBook SS-R590を発売

(画像出典:デジタル99マガジンvol1 8P)

【1995年 5月】

AppleがPowerPC搭載の一体型パソコンPerforma 5210を発売

(画像出典:デジタル99マガジンvol1 36P)

【1995年 6月】

NECが1,677万色フルカラーを実現した98ノートを発売

(画像出典:デジタル99マガジンvol1 4P)

【1995年 7月】

Appleがシリーズ最上位機種であるPowerMacintosh 9500/120を発売

(画像出典:デジタル99マガジンvol3 44P)

【1995年 7月】

任天堂が3Dゲーム機バーチャルボーイを発売

スタッフの“ひとこと”同時期に販売されていたゲーム機は、SONY PlayStation、SEGA SATURN、Panasonic 3DO REAL II、PIONEER LaserActive、NEC PC-FXなど。ツクモでは、主にゲーム専門店であるソフト8号店で販売していました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol1 62P,vol1 63P)

【1995年 9月】

日本アイ・ビー・エムが世界最小最軽量のPC/AT互換機PalmTopPC110を発表

スタッフの“ひとこと”ツクモでは、ご購入頂いたお客様に、数量限定でオリジナルキャリングケースをプレゼントしていました。インターネットができ、電話にもカメラにもなるウルトラマンPCは、携帯電話やスマートフォンの系譜にあるとも言えます。

(上部画像出典:デジタル99マガジンvol3 15P、下部画像出典:スタッフ私物)

【1995年 11月】

MicrosoftよりWindows95日本語版発売

スタッフの“ひとこと”Windows95発売時には秋葉原では初めて深夜販売という形式でイベントが行われました。テレビでも盛んに報道されたせいか、夜の街で働いていらっしゃる風のお姉さまがほろ酔い加減の男性と一緒にご購入されていったことを覚えています。

(画像出典:デジタル99マガジンvol2 4P)

【1995年 12月】

NTT-TE東京が、ターミナルアダプタMN128を発売

スタッフの“ひとこと”ISDNはそれまでのアナログモデム通信とは異なり、「ピ~ヒョロロ~」という音ともに接続を待つという時間がほとんどなく、また、通信と通話を同時に行うことができ、通信速度や通信の安定性も大幅に向上していました。しかし、ターミナルアダプタに通電しなくなると電話もできなくなる為、停電に弱いという弱点がありました。後に発売される、後継モデルである「MN128-SOHO」では、これの対策として電池ボックスが内蔵されています。

【1995年 12月】

シャープが、初代メビウスノートシリーズを発売

(画像出典:デジタル99マガジンvol3 115P)

【1995年 3月】

日本語対応ブラウザ「Netscape Navigator 1.1」公開

スタッフの“ひとこと”この後数年に渡って、Netscape NavigatorとInternet Explorerは苛烈なシェア争いをしますが、その間、WEBページを作成する時は、NNとIEの双方できちんと表示されるか確認するのが大事な作業でした。

【1995年 8月】

NTTがテレホーダイを開始

スタッフの“ひとこと”この時代インターネット通信には、アナログモデムが一般的で、通信速度は14,400bpsか28,800bpsでした。現在の光回線速度、最大1Gbpsと比較すると、28,800bps - 1,000,000,000bps(1Gbps)理論値は、なんと34,722倍の速度アップです。当時は、画像を表示させるだけでも、数分待たされた記憶があります。また、アナログモデムでは、インターネット通信と電話による通話を同時に行うことはできず、通信中に電話着信があると切断されることがありました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol1 50P)

【1995年 12月】

「インターネット」が95年の日本新語・流行語大賞トップテンに入賞する

1996年の出来ごと

”顧問に聞いてみた” 第2回 1996年を振り返って

株式会社Project White顧問 鈴木淳一

インターネットは間違いなく来る、という思いから、ツクモの主力店舗の一つであるツクモパソコン本店IIを、インターネット館と改称しました。これが3月。ツクモインターネットショップができたのと同じ時です。僕としては、もう早く、早くやらないと、と。その時はまだ「tsukumo.co.jp」も取られていなかったので、すぐに押さえて。

その頃は、物凄く名前を押さえるのが大事だった。何故かというと、こんなに検索エンジンが便利になるなんて予測がつかなかったから。今なら、「tsukumo.co.jp」でなくても、例えば「tsukumo-akihabara.co.jp」でも売上にそれほど影響はありません。ちゃんとページを作ってアクセスもしっかりしていれば、検索をしてくれる。ところが、当時はそのような高度なエンジンでは無かったから、とにかく名前を慌てて押さえて。ある会社なんか、全国各地の地名のアドレスを何十箇所分押さえていたりして。そのくらい、まだ今後どうなるかわからない時代でした。そんな中でインターネットショップをやっていこうと。

通信販売に関しては、もう45年以上前から、初歩のラジオとかラジオの製作とか、当時の専門誌でずっと行っていました。だから、インターネットで通信販売をやるということには、抵抗は全く無かった。単に、「通信販売にインターネットを使う」というだけのことでした。

そういう経緯でインターネットショップとインターネット館を作ったけれども、最初は双方鳴かず飛ばず、あんまり売れない。インターネット館なんか、お客様が「インターネットって何?」という状態で、わずか1年半で閉店したのです。翌年10月に本店IIに改称しました。実は、日本でインターネットが本格的に流行り出したのは、2000年頃。日本はアメリカより5年くらい遅れていた。1995年のNetscapeの登場から、2000年の間は、主に学校や一部のマニアの方に使われているものだったのです。当時は店でインターネットが使い放題で繋がっている所なんて、うちのインターネット館の他にはありませんでした。

僕らが自負しているのは、日本でもトップクラスに早く、インターネットショップを立ち上げたことです。だから「tsukumo.co.jp」も押さえられたし、インターネット館なんかも日本で真っ先にやっちゃって。全館で128kbpsのつなぎ放題が、通信費で月30万とか40万とかしたんです。ただ、取り組みが早すぎました。最初から真っ当に取り組もうとしたんです。楽天市場も、今はたくさんのショップがあるけれども、一番最初にモールを立ち上げた時のショップにツクモは入っていました。

次回は、『第3回 2001年 Windows XPを振り返って』 を掲載予定です!

1996年7月からの出来ごと

【1996年 1月】

第一回ツクモ電脳試写会を開催

スタッフの“ひとこと”700名のお客様にお越しいただきました。上映後のアンケートでは、「自分専用のパソコンを持っている」と答えた方が約60%。「インターネットの経験がある」と答えた方は約30%でした。

(画像出典:デジタル99マガジンvol4 101P)

【1996年 2月】

様々な種類の大容量記憶装置を販売中

(画像出典:デジタル99マガジンvol4 54P,55P,56P)

【1996年 3月】

ツクモWEBページ、インターネットショップがオープン

スタッフの“ひとこと”TOPページ中央のインターネットマークをクリックすると、懐かしの「ツークーモ♪」の音声が流れました。当初は、現在のようにカテゴリ分けして大量に商品を登録するのではなく、特価品や新製品を個別にピックアップする形で掲載していました。初めてご注文があった日は、スタッフ全員で万歳三唱したことを覚えています。

(画像出典:デジタル99マガジンvol5 8P)

【1996年 3月】

ツクモインターネット館がオープン

スタッフの“ひとこと”全館で合計50台のパソコンが、128kbpsの専用線で接続され、ご自由にインターネットを体験して頂くことができました。当時、インターネットを中心に展開したお店は秋葉原でもまだ無く、来店したお客様からも「インターネットって、何?」というお言葉が聞かれる時代でした。

(画像出典:デジタル99マガジンvol 97P)

【1996年 3月】

メルコ協力で、DOS/Vアップグレード教室を開催

スタッフの“ひとこと”まだPCパーツ同士の相性問題などが散見され、お客様による増設や交換は主にヘビーユーザーの間でのみ行われていた時代でした。

(画像出典:デジタル99マガジンvol4 96P)

【1996年 6月】

バーチャル・モール「スマート・アイランド・コンソーシアム」にツクモが出店

(画像出典:デジタル99マガジンvol5 9P)

【1996年 6月】

ツクモカードが誕生

スタッフの“ひとこと”「焼き肉食べたら、パソコンが安くなった」がキャッチフレーズ。ツクモカード誕生記念として、IBMのAptiva、NECのCanBe、富士通のFMVなどのパソコンやモバイル機器のモニターキャンペーンが行われ、当選者発表とともに、モニターレポートをデジタル99マガジン6号に掲載致しました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol5 22P,24P)

【1996年 6月】

ツクモ名古屋1号店に、ツクモインターネットステーションをオープン

スタッフの“ひとこと”インターネットステーションは、現在のようにインターネットが当たり前のようには普及しておらず、その先駆けとしてコーナーの立ち上げを行いました。96モデムやターミナルアダプタ・DSUなどを取り扱いし、メーカーの方々に協力していただき、回線契約、プロバイダのお申し込み、周辺機器の販売を行っていました。インターネットを紹介する(!?)ためのビデオを店前で流すために、モニタとデッキの入った大型の青い什器を毎日出し入れしていました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol5 111P)

【1996年 6月】

DEPOツクモに、インターネットコーナー及びネットワーク&法人コーナーを新設

スタッフの“ひとこと”当時は、地下鉄大通駅近く2番街に店舗がありました。大規模な改装を行い、まだあまり知られていなかったインターネット・ネットワークコーナーを作りました。インターネットプロバイダーも少ない時代でしたので、ジャストネットやニフティを中心とした提案展示をしていました。今のように、「なんでもインターネットで調べられる」という状況ではなく、インターネットって何?という時代にネットワークの提案も行っていましたので、担当したスタッフは学びながら運営し、大変だったと聞いています。

(画像出典:デジタル99マガジンvol5 113P)

【1996年 1月】

初代USB規格「USB 1.0」発表

スタッフの“ひとこと”この時点、Windows 95ではまだUSBポートへの対応が無く、Windows 95 OSR(OEM Service Release) 2.1の登場を待つ必要がありました。

【1996年 3月】

Appleとバンダイが、マルチメディア機「ピピンアットマーク」を発売

(画像出典:デジタル99マガジンvol4 103P)

【1996年 4月】

東芝が、世界最小・最軽量のWindows 95ノート「Libretto 20」を発売

スタッフの“ひとこと”Librettoは、イタリア語で「小さな本」。それまでB5サイズが標準的だったモバイルノートに対し、「ミニノート」というジャンルで極小のWindows 95稼働マシンとして登場しました。1996年当時はPDAと呼ばれる情報端末が多く発売されました。SHARPのカラーザウルス、Palm社のPalm、NECのモバイルギア等、様々なメーカーが独自の展開をしていました。今のスマートフォンと違い通信のインフラが普及していなかったので、電話帳やメモ書き等の利用が中心でした。ツクモではヒューレットパッカード社のHP200LXという商品が人気で、単三乾電池で動作する手軽さと、日本語化キット等のカスタマイズが可能なところが当時のPCユーザーに受けていました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol5 11P)

【1996年 5月】

ナナオが、初代EIZOブランドとして17インチCRT「E57T」を発売

(画像出典:デジタル99マガジンvol4 101P)

【1996年 5月】

IBMが、初のスリムノート「ThinkPad 560」を発売

スタッフの“ひとこと”キーボードの打ちやすさや、ポインティングデバイスであるTrackPointの使いやすさが大変好評で、多くのThinkPadファンが誕生しました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol6 38P)

【1996年 6月】

任天堂がNINTENDO64を発売

スタッフの“ひとこと”当時、既にゲーム機ではCD-ROMでのソフト供給が主流となっていましたが、NINTENDO64はスーパーファミコンなどと同じ、ROMカートリッジを採用。多くの名作ソフトが誕生し、現在でも語り継がれています。

(画像出典:デジタル99マガジンvol5 76P,77P)

【1996年 1月】

Internet 1996 World Expositionが開幕

スタッフの“ひとこと”この際、日米間に45Mbpsのエキスポ専用回線が敷設されました。また、日本独自のプロジェクトとして、300名の一般モニターに128kbpsの専用線が提供されました。

【1996年 2月】

ソニーコミュニケーションネットワーク株式会社がインターネット接続サービスSo-netを開始

【1996年 2月】

米国で通信品位法が発令される

スタッフの“ひとこと”この法案に対し、通信企業や市民グループが、表現の自由を侵害するものとして米国政府を相手に訴訟、翌年、連邦最高裁判所により違憲判決が下されています。インターネットにおける表現の自由を本格的に扱った初めての司法判断でした。急拡大するインターネットへの規制を模索し始めた時期と言えます。

【1996年 2月】

impressがINTERNET Watchを正式に創刊

スタッフの“ひとこと”同じ年、1996年の7月には、PC Watchが創刊。Webマガジンも開始されています。

【1996年 4月】

Yahoo! Japanがサービスを開始

スタッフの“ひとこと”ディレクトリ型検索エンジンはカテゴリから探すことができる為、目的の分野が決まっていれば、関連したWEBサイトも探しやすいという特長がありましたが、登録されるのに時間がかかることもありました。後に、インターネットの拡大に伴い、自動で登録されるロボット型へと移行していきます。

【1996年 6月】

インターネットに接続するホスト数が1,000万台を突破

【1996年 7月】

PHSの販売数が拡大

スタッフの“ひとこと”1995年後半にサービスが開始されたPHSは1996年に普及し始めました。当時は普及の始まった携帯電話に比べ端末料金、通話料とも割安であった為、大学生や新社会人を中心に好評でした。ツクモでも店頭でキャンペーンが良く行われていて、いまは無きアステル東京(なぜかレレレのおじさんがイメージキャラクターでした)やNTTパーソナル、今はワイモバイルとなったDDIポケットなどの各社が、週末ともなるとさまざまな販促キャンペーンを行っていました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol6 88P-89P)

【1996年 9月】

高橋敏也氏が、デジタル99マガジン6号に特別寄稿

(画像出典:デジタル99マガジンvol6 18P)

【1996年 9月】

東経128度CSプラットフォーム、パーフェクTV!のお取り次ぎを開始

スタッフの“ひとこと”当初はTV70チャンネルでした。後に、東経124度CS放送「JスカイB」と合併し、スカイパーフェクTV!が誕生します。

(画像出典:デジタル99マガジンvol7 14P-15P)

【1996年 9月】

ツクモオリジナルRAID 0ディスクアレイシステムのDOS/V用を発売

スタッフの“ひとこと”主にDTV、映像関連のデジタルプロショップツクモ5号店にてお取り扱いしていました。現在は専門映像機器関係を、ツクモキャプチャ王国で取り扱いしています。
(ツクモキャプチャ王国オンラインショップはこちら)

(画像出典:デジタル99マガジンvol6 94P-95P)

【1996年 9月】

ツクモインターネットショップユーザー広場「つくもすくぇあ」拡充

スタッフの“ひとこと”秋葉原の迷所をご紹介するミステリーツアー in Akihabaraの第一回では、神田川沿いのビルにあった「2階なのに外に向かってついている扉」をご紹介しました・・・が、思いのほかネタがなく、第一回で終了しました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol7 4P)

【1996年 10月】

ツクモ初のメーリングリスト(メールニュース)てぃすまるを発刊

スタッフの“ひとこと”今ではお馴染みとなったツクモメールニュース。当時は各地方店舗版などの区分けはなく全国版のみでした。現在は、全国版の他に、東京版、札幌版、名古屋版、福岡版、Pro5版(映像編集関係)ロボット王国版の7つを配信しています。購読はメールアドレスを入力するだけ。
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【1996年 10月】

ツクモオリジナルマシン、Pentium200MHzを搭載したTS-X5200/21CD8を発売

スタッフの“ひとこと”この年1月に発表されたばかりのUSBポートを搭載していました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol7 128P)

【1996年 11月】

X68030(CZ-500CB)を最終販売

スタッフの“ひとこと”この頃でもツクモオリジナル、満開製作所、電波新聞社を含め、周辺機器の販売はまだ継続しており、シャープ純正アナログスティック+スロットル「CYBER STICK(CZ-8NJ2)」の限定入荷などもありました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol7 88P-89P)

【1996年 12月】

ツクモパソコン延長保証プログラム「99ワランティ」誕生

スタッフの“ひとこと”ツクモとして初めて取り扱った延長保証です。現在のツクモ延長保証とは異なり、対象カテゴリはパソコン本体とモニタ限定でした。

(画像出典:デジタル99マガジンvol7 106P)

【1996年 7月】

三菱電機が、パソコン内蔵用DVD-ROMドライブ「MDV-D10」を発表

(画像出典:デジタル99マガジンvol7 120P)

【1996年 9月】

ジャストシステムが、一太郎7とATOK10を発売

スタッフの“ひとこと”ツクモでは、当時としては珍しかった発売日発送・送料無料の予約キャンペーンを展開。店頭でも一太郎7コーナーを開設していました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol6 10P-11P)

【1996年 10月】

Rolandが、SOUND Canvas SC-88Proを発売

スタッフの“ひとこと”当時のパソコンは本格的な音楽を扱うにはまだスペック不足で、このようなMIDI音源モジュールで楽しむのが一般的でした。ライバル会社であるYAMAHAからは、XG音源のMUシリーズが発売され、SCシリーズと人気を二分していました。また、当時のインターネット回線速度では、音楽ファイルのやり取りには非常に時間がかかりました。その為、音楽データーはSMF(Standard MIDI File)が多く使われていました。再生するには製作者と同等の再生環境が必要で、互換性を保つために生まれたのが、GS規格や、XG規格です。現在、Rolandから発売されているiOS用アプリ「SOUND Canvas for iOS」、またWindows/Mac対応のプラグインソフト「SOUND Canvas VA」の中にも、SC-88Proの音色配列が搭載されています。

【1996年 10月】

タカラが、ヘッドマウントディスプレイ・ダイノバイザーを発売

スタッフの“ひとこと”S端子に対応していなかったこと、液晶は1枚で、18万画素という荒いものだったことから、画質はあまり良くありませんでした。しかし、大画面への没入感と迫力は、ヘッドマウントディスプレイの可能性を充分に感じさせるものでした。

(画像出典:デジタル99マガジンvol6 76P-77P)

【1996年 10月】

NECが、DSU内蔵ターミナルアダプタAtermIT55DSUを発売

スタッフの“ひとこと”前世代のAtermIT30や35では、80,000円前後の本体にDSUを別途75,000円(もしくは月額でレンタル)ほどで用意する必要があり、AtermIT45DSUが初めてDSUを内蔵して標準価格64,800円。更にIT55DSUは128kbpsに対応して値下がりしたことで、大ヒット機種となります。

(画像出典:デジタル99マガジンvol7 79P)

【1996年 12月】

Panasonicが、DVD-ROMドライブを搭載したWOODY PD CF-200DVを発売

スタッフの“ひとこと”それまで販売していたPDドライブ搭載のCF-200PDをベースにしていました。DVD-ROMドライブはCD-ROMドライブとしても動作しましたが、CD-Rには対応していませんでした。また、DVD-VIDEOを見るためのMPEG2デコーダはオプションでしたが、この時点ではまだ未発売だったこと、当時まだDVD-ROMで再生するソフトウェアがなかったことから、発売当時はほぼCD-ROMドライブとしてしか使用されませんでした。

(画像出典:デジタル99マガジンvol7 125P)

【1996年 12月】

Microsoftが、Windows NT 4.0の日本語版を発売

スタッフの“ひとこと”これの後継バージョンが、Windows NT 5.0、つまりWindows 2000となります。

(画像出典:デジタル99マガジンvol7 2P-3P)

【1996年 12月】

PC-98シリーズとDOS/V(PC/AT互換機)とのシェア争い

スタッフの“ひとこと”NECのPC-9801、PC-9821シリーズの繁栄も、1996年あたりからIBMを筆頭に各社からでてきたDOS/V機の進出により、陰りが見え始めた感じがします。また、自作PCに手を出し始めた人が増えてきたのも、このあたりだった気がします。

(画像出典:デジタル99マガジンvol7 34P-35P,40P-41P,42P-43P)

【1996年 12月】

AppleがNeXT Computerを買収

スタッフの“ひとこと”NeXTワークステーションに採用されていたOS「NEXTSTEP」は、後のMac OS Xや、iOSのベースになっています。NeXTcubeはツクモでも取り扱っていました。

【1996年 7月】

Hotmail社がWEBメールサービスHoTMaiLを開始

【1996年 7月】

NECが総合インターネットサービスBIGLOBEを開始

スタッフの“ひとこと”BIGLOBEの名前は、BIG(大きい)+GLOBE(地球)が由来です。

【1996年 7月】

JPドメインの登録数が1万件を突破

スタッフの“ひとこと”2016年4月1日現在、属性型、地域型、汎用、都道府県型の各JPドメインの合計登録数は142万1487件です。

【1996年 10月】

impressが窓の杜の正式運用を開始

スタッフの“ひとこと”名前の由来は、窓はWindowsから、杜は秋保窓が仙台の東北大学のサーバーに置かれていた為、発祥の地「杜の都仙台」から取られています。

【1996年 11月】

イスラエルのMirabilis社がインスタントメッセンジャーICQを開発

スタッフの“ひとこと”名前の由来は、「I seek you(あなたを捜している)」のあて字です。「アッオー」というメッセージ通知音を覚えてらっしゃる方も多いのでは。現在も、パソコンやAndroid、iOSなどで利用することができます。

【1996年 12月】

NTTがOCNを開始

スタッフの“ひとこと”それまでは、NTTへの専用線料金とプロバイダ料金をあわせれば、64kbpsで月額十数万円が必要でした。この価格破壊により、それまで企業や一部の店舗でしか体験できなかった常時接続を、個人で導入する方が現れ始めました。ただし、しばらくの間サービス提供エリアは大都市を中心としたごく一部で、地方では長い所で数年単位、拡大を待つ必要がありました。

1997年の出来ごと

【1997年 3月】

東京、名古屋、札幌地区で、出張サポートサービス「パソコン救助隊」展開

スタッフの“ひとこと”まだパソコンを開けたこともないという方が多い時代で、メモリの増設のご依頼や、ハードのエラーへの対応、またインターネットへの接続の仕方、プロバイダへの申し込み代行などのご依頼が多くありました。現在このサービスは行っておりませんのでご了承下さい。

(画像出典:デジタル99マガジンvol8 112P,114P,116P)

【1997年 4月】

ツクモネットショップ、商品検索機能を充実化

スタッフの“ひとこと”余談になりますが、この頃のツクモネットショップの看板ロゴ画像はアニメーションgifでしたが、作成スタッフが懲りすぎてしまい、当時の回線状況としては大変重い800KB以上の画像になっていました。その後容量の削減を行ったのがこの画像です。最後に点く電飾部分が譲れないこだわりでした・・・。

(画像出典:デジタル99マガジンvol9 104P)

【1997年 4月】

日本アマチュア無線連盟、旧コールサイン復活制度開始

スタッフの“ひとこと”30年ほど前に、4アマ(旧電話アマ)の試験に合格し、コールサインを取得しました。今でもそのコールサインは覚えています。それだけコールサインは愛着があったものでした。試しに、無線局情報検索でコールサインを検索してみたところ、現在使用されているため、復活は無理でした。

(画像出典:デジタル99マガジンvol8 99P)

【1997年 6月】

オンラインゲームの名作が続々登場、大人気となる

スタッフの“ひとこと”ネットワーク環境やパソコンそのものの性能に個人差が大きかった時代で、快適にプレイする為のハードルは現在より高かったと言えます。

(画像出典:デジタル99マガジンvol9 114-115P)

【1997年 7月】

ツクモISDNお申し込みキャンペーンを実施

スタッフの“ひとこと”有力なターミナルアダプタのラインナップが拡充していた時期で、アナログ通信からデジタル通信へのお乗り換えをお考えのお客様も多くいらっしゃいました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol9 14-15P)

【1997年 9月】

平成9年9月にちなんで、九十九の日祭りをツクモ全店で開催

スタッフの“ひとこと”ツクモオリジナルパソコンの新ネーミング募集には729通ものご応募が寄せられましたが、残念ながら即弊社ブランドに採用可能な作品は該当が無かった為、準グランプリを2名様とし、ツクモオリジナルパソコンをプレゼントさせて頂きました。なお、現在の社名はProjectWhiteですが、このネーミング募集の際も「WHITE」のブランド名を考えてくださった方がいたそうです。

(画像出典:デジタル99マガジンvol10 折り込み)

【1997年 9月】

ツクモインターネットショップ、日本初のSET対応型電子決済を開始

スタッフの“ひとこと”この頃、インターネット上で安全にクレジットカード決済を行う為の研究が盛んに行われており、SETはその中で国際標準とされていたセキュリティシステムでした。このシステムを導入したのは、ツクモインターネットショップが国内で初となります。

(画像出典:デジタル99マガジンvol10 2-3P)

【1997年 9月】

ツクモオリジナルMac互換機を絶賛発売中

スタッフの“ひとこと”TS-P5000mkIIの主なスペックは、CPUがPowerPC604e/200MHz、メモリが32MB、HDDが2.0GB、8倍速CD-ROM、グラフィックスがオンボードのATI264VT/2MBで、MacOS7.6Jを採用。販売価格218,000円でした。

(画像出典:デジタル99マガジンvol10 18-19P)

【1997年 9月】

ツクモ法人カードが新登場

スタッフの“ひとこと”ツクモ法人カードはNICOS・VISA及びNICOS・マスターの提携カードで、ご利用額に応じてポイントをプレゼントし、ご申請によりポイントに応じた割引券を発行していました。また、システムサポート料金や延長保証プログラム「法人ワランティ」の割引も特典となっていました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol10 24-25P)

【1997年 10月】

ツクモスタッフ、ほかほか弁当秋葉原店に集う

スタッフの“ひとこと”それまでも、チチブ電機ビル前のパン屋さん「みやこ」や、初代ロボット王国のあった山口ビル地下の「鍛冶屋」さんの仕出し弁当など、様々なお店と食事の契約があり、いろいろな美味しいものが食べられました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol10 105P)

【1997年 10月】

ツクモMac王国がオープン

スタッフの“ひとこと”開店時は、多くのMacファンのお客様にお越しいただきました。ツクモオリジナルを始めとして、UMAXやラディウスなどのMacintosh互換機も取り揃えていました。また、最新のOSであるMacOS8をお買い求めのお客様も多くいらっしゃいました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol11 2P)

【1997年 11月】

ツクモ名古屋3号店がオープン

スタッフの“ひとこと”当時は社内・社外ネットワークのご相談や、大流行していたモバイル機器に関するお問い合わせが多く、サポートにも力を入れていました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol11 3P)

【1997年 2月】

Microsoft、初のスクロールホイール搭載マウス「IntelliMouse」を発売

スタッフの“ひとこと”これまでは、マウスはパソコン本体に標準添付のシンプルなものをそのまま使う方が多かったのですが、IntelliMouseの発売と共に買い換える方が多く、スクロールホイールの使い勝手に賞賛が集まっていました。なお、蛇足ですが、この頃のマウスはボール式です。

(画像出典:デジタル99マガジンvol8 5P)

【1997年 4月】

USロボティクスが、国内初の56Kbpsモデムを発売

スタッフの“ひとこと”当時、56Kbpsの通信規格は「K56flex」と「x2」の2つが存在していました。USロボティクスが採用していたのは、このうちのx2規格です。それまでの28.8Kbps、もしくは33.6Kbpsモデムに対して、実測でも1.5~2倍近い速度で通信を行うことができました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol8 90P)

【1997年 4月】

AMDが、K6 CPUを発売

スタッフの“ひとこと”Pentium IIが新しくSlot1規格を採用したことで人気を博したSocket 7市場が終わるかに見えましたが、高速かつ比較的安価なK6 CPUの登場は、多くのユーザーから歓迎され、多数のAMDファンを生み出しました。ツクモでも、オリジナルマシンにK6を採用したモデルを発売していました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol9 127P)

【1997年 5月】

インテルが、Pentium II CPUを発売

スタッフの“ひとこと”家庭用ゲーム機のROMカートリッジのような独特の形状をしたPentium II。これは、L2キャッシュを別に搭載し、全体のサイズが大きくなってしまった為です。そのマザーボードへの搭載方式から、それまでの「ソケット」ではなく「Slot1」という名称になりました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol10 16-17P)

【1997年 6月】

NTT-MEが、高機能ダイヤルアップルータMN128-SOHOを発売

スタッフの“ひとこと”当時、まだルータがメジャーな機器ではなかった為、複数のパソコンを持つ方は、インターネットを利用する度に回線の繋ぎ直しをするなどして対処していました。TAとルータを一つの機械にまとめるという発想は、画期的なものでした。

(画像出典:デジタル99マガジンvol9 81P)

【1997年 6月】

Windows CE 1.01を搭載したハンドヘルドPCが国内で発表

スタッフの“ひとこと”PDAに比べて高機能なマシンが開発可能なWindows CE機は、当時のモバイルコンピュータ市場の成長を牽引する一助を担い、多くのメーカーから発売されました。後年富士通が発売するWindows CE搭載機「INTERTOP CX300」は、ツクモにも開発機が貸し出され、発売前の評価をお手伝いしました。

【1997年 6月】

Number Nineが、初のAGP採用グラフィックスカードRevolution 3Dを発売

スタッフの“ひとこと”AGPは、Pentium IIやCeleronに対応したチップセットである440LXで初めて採用されたスロットで、当時成長を見せていた3Dグラフィックス市場の拡大に大きく貢献したものです。後に、後継であるPCI Expressが登場します。

【1997年 7月】

ASUSTeKのマザーボードP/I-P55T2P4の販売が拡大

スタッフの“ひとこと”P/I-P55T2P4には複数のリビジョンがあり、それによってベースクロックの設定、USBコネクタの有無、キャッシュなどに違いがありましたが、BIOSの更新が頻繁にあったことなどから、多くの方のニーズにマッチして、大ヒットロングセラー商品となりました。「ASUSTeKのマザー」を有名にした逸品と言えます。

(画像出典:デジタル99マガジンvol10 40P)

【1997年 9月】

PHSの契約者数がピークとなる

スタッフの“ひとこと”ピークは1997年ですが、その後利用者が減り続けているわけではなく、増減を繰り返して2015年末の加入数は4,171,308件、普及率は3.3%です。

【1997年 9月】

NEC、PC/AT互換機ベース(PC98/97規格)の「PC98-NX」シリーズを発表

スタッフの“ひとこと”「NX」は、「New eXcelent」から取られています。正確には、マイクロソフトが提唱したPC/AT互換機の後継となるPC98/97規格に沿ったパソコンで、先進の機能を搭載していました。また、名前に「PC98」とありますがPC9800シリーズ対応のソフトやハードは使えないものが多いこと、PC/AT互換機としても、MS-DOSをサポートしていないことやISAバスを搭載していないことなどから、一部のユーザーに混乱がありました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol11 6-7P)

【1997年 10月】

nVIDIA RIVA 128を採用したグラフィックスカードが発売

スタッフの“ひとこと”nVIDIAの転換期とも言える、大ヒットビデオチップです。VRAMはSGRAM 4MBでした。CANOPUSのPWR128Pや、Diamond MultimediaのVIPER V330などを販売していました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol11 41P)

【1997年 12月】

SCE、PlayStationの日本国内出荷台数が1000万台を突破

スタッフの“ひとこと”ポリゴンを利用した3Dソフトが特長の大ヒットゲーム機です。セガサターンとの間で繰り広げられた次世代ゲーム機戦争も、この頃には有力タイトルが出揃っていたこともあり、PlayStationが優位に立っていました。現在も、一部のタイトルはゲームアーカイブスで楽しむことができます。

(画像出典:デジタル99マガジンvol11 90-91P)

【1997年 1月】

Microsoftが、Internet Explorer 3.0 for Macintoshを公開

スタッフの“ひとこと”JAVAやActiveX、CSSをサポートしていました。

【1997年 2月】

インターネット上の電子図書館、青空文庫が開設

スタッフの“ひとこと”富田倫生氏、野口英司氏、八巻美恵氏、らんむろ・さてぃ氏の4人の呼びかけによって発足したものです。青空文庫では、活動に参加するボランティアを「青空耕作員」もしくは「青空工作員」と呼んでいます。興味のある方は、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)をご覧ください。

【1997年 4月】

PHS各事業者が、PIAFS1.0規格による32Kbpsデータ通信サービスを開始

スタッフの“ひとこと”それまでの同様の無線通信は14.4Kbpsのアナログ通信であった為、PIAFSの登場は新世代の高速、かつ安定した無線通信として期待されました。ノートパソコンにPHS、もしくはPCMCIAデータ通信カードを接続してインターネットを楽しむ方が増えました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol10 52-53P)

【1997年 5月】

インターネットショッピングモール、楽天市場が開設

スタッフの“ひとこと”ツクモは楽天市場初期より出店しており、当初はモバイルとデジカメの専門店でした。現在は、ツクモロボット王国楽天市場店(http://www.rakuten.co.jp/tsukumorobo/)を運営中で、パソコン本体やPCパーツもお取り扱いしています。

(画像出典:デジタル99マガジンvol- 10P)

【1997年 6月】

ネットスケープコミュニケーションズ、Netscape Communicator 4.0を公開

スタッフの“ひとこと”当時はまだInternet ExplorerよりもNetscape Navigatorのシェアが大きく上回っていました。しかし、このバージョン4は多くのバグを内包しており、Netscapeでは正常に表示できないWEBページが多く出てきたこともあり、徐々にInternet Explorerへのシフトが起こります。

(画像出典:デジタル99マガジンvol9 12P)

【1997年 9月】

ロボット型検索エンジン、Google検索が誕生

スタッフの“ひとこと”インターネットで検索する=「ググる」というスラングがあるほど、代表的な検索エンジンとなったgoogle。その語源は、1の後に0が100個続く、101桁の数を表す数学用語「googol(グーゴル)」の綴り間違いからきていて、莫大な量のウェブ上の情報を体系化することを示しています。

【1997年 9月】

ジオシティーズの日本語版サービスが開始

スタッフの“ひとこと”WEBサイトの無料スペースの先駆けです。GeoCitiesに個人ホームページを作成するのが大流行し、急成長を遂げました。なお、アメリカ版のジオシティーズサービスは2009年に終了しています。

【1997年 9月】

So-netが、Windows版ポストペットの正式版を発売

スタッフの“ひとこと”代表的キャラクターであるピンクのテディベア「モモ」は大人気となり、携帯ゲーム機のソフトやぬいぐるみにもなりました。現在は、ソニー銀行の「MONEYKit―PostPet」サービス(http://moneykit.net/visitor/promo/promo_pp/promo_pp01.html)で、貯金を楽しくしてくれるキャラクターとして活躍しています。

(画像出典:デジタル99マガジンvol11 17P)

【1997年 9月】

Microsoftが、Internet Explorer 4.0を公開

スタッフの“ひとこと”Internet Explorer 3までのInternet Mail and Newsが、このバージョンからOutlook Expressとなりました。また、あらかじめホームページが登録されていて、押すだけで閲覧できる「Active Channel」という機能が盛り込まれましたが、あまり普及しませんでした。

(画像出典:デジタル99マガジンvol10 14-15P)

【1997年 10月】

エレクトロニック・アーツが、Ultima Onlineを日本国内で販売

スタッフの“ひとこと”ウルティマオンラインの成功は、急速に拡大していたインターネットの定額サービス、すなわちテレホーダイの存在が大きく関わっていました。毎晩23時になるとゲームにログインし、ギルドメンバーと挨拶をし、ダンジョンを攻略したり釣りをしたり家の内装を楽しんだりトレジャーハントにでかけたり、またチャットで楽しんだりしたものです。その自由度の高さと完成度から、今でも一番面白かったMMO RPGとして名を挙げる方も多い名作です。

【1997年 10月】

ぴあが、オンラインでチケット購入できる@ぴあ(アットマークぴあ)を開設

スタッフの“ひとこと”後に@チケットぴあ、@電子チケットぴあと改称されます。

【1997年 11月】

週刊アスキーが創刊

スタッフの“ひとこと”秋葉原で「週刊アスキー 秋葉原限定版」をご覧になった方もいらっしゃるのでは。連載漫画にも「カオスだもんね」、「電脳なをさん」、「パーツのぱ」など人気作が多く掲載されています(いました)。ツクモスタッフの中でも、重要なニュース情報源の一つです。

【1997年 12月】

ウェブティービーネットワークスが、日本国内でWebTVサービスを開始

スタッフの“ひとこと”後に、セガの家庭用ゲーム機ドリームキャストにも接続が可能なキットが出るなど、一部で普及しましたが、2002年に日本国内でのサービスを終了しています。

1998年の出来ごと

【1998年 3月】

ツクモネットショップ、高速テキスト版がご好評

スタッフの“ひとこと”まだアナログ低速回線で繋いでいる方が多かったこの頃。光回線が主流の今となってはそれほど気にされませんが、「リンクをクリックしてからページが表示されるまでの時間をどれだけ短くするか」はショップ運営において非常に大事なことでした。

(画像出典:デジタル99マガジンvol12 14P)

【1998年 6月】

台湾電脳市場視察ツアーを開催

スタッフの“ひとこと”ソフトバンク社の「Computer Shoppers」及び「DOS/V magazine」のご協力により実現。この年で3回目でした。ご参加頂いた方に大変ご好評頂きました。

(画像出典:デジタル99マガジンvol12 21P,TSUKUMO NEWS FILE 98-P7)

【1998年 8月】

ツクモ楽天市場店、「即日配達バイク便専門店」としてリニューアル

スタッフの“ひとこと”配達地域は東京23区内限定で、平日16時までに頂いたご注文を当日配達していました。取り扱いジャンルはインク・トナー・ソフトウェア・周辺機器で、一回の配送につき、配送料1,500円。主に法人のお客様からご愛顧頂いていたサービスです。

(画像出典:TSUKUMO NEWS FILE 98-P3)

【1998年 9月】

ツクモネットショップ、商品点数を5万点に拡充

スタッフの“ひとこと”当時、インターネット通販での取り扱い商品点数は多いところでも1万点前後が標準的で、最大規模のショップを目指そう、ということで行われたリニューアルでした。取り扱いカテゴリも一気に拡大。専門のチームを組んで、日夜商品登録に励みました。

(画像出典:TSUKUMO NEWS FILE 98-P2)

【1998年 10月】

ツクモネットショップ、顔写真プリントサービスを開始

スタッフの“ひとこと”焼き増しは1枚200円でした。ここだけの話、本当にここだけの話ですが、あまりご注文頂けませんでした・・・。

【1998年 11月】

ツクモネットショップ、個人HP広告出稿契約を開始

スタッフの“ひとこと”アクセス回数の多い上位の方には、別途特別報酬をお渡ししました。日本でアフィリエイトが本格的に始まるのは、翌年1999年です。

(画像出典:TSUKUMO NEWS FILE 98-P2)

【1998年 12月】

ツクモ各地区、PCパーツ販売を強化

スタッフの“ひとこと”ツクモ10号店のオープン記念セールでは、抽選に当選した方に各種パーツを999円でご購入頂ける「999円セール」を開催。大変多くのお客様にご来店頂きました。

(画像出典:TSUKUMO NEWS FILE 98-P4)

【1998年 3月】

NEC、Mobile Gear II MC-R300シリーズを発売

スタッフの“ひとこと”MC-R300シリーズからはWindows CE 2.0を採用していました。また、液晶がカラーのMC-R500シリーズも同時に発表されています(こちらの駆動時間はリチウムイオン採用で約8時間(非通信時))。33.6Kbpsのモデムを内蔵していて、ブラウジングや電子メールもこなすことができました。

(画像出典:ビジネス99マガジン vol3 33P)

【1998年 4月】

インテル、初代Celeronプロセッサーを発売

スタッフの“ひとこと”当時、エントリーPCには、低価格であることからAMDのK6-2が人気で、これにインテルがPentium IIやMMX Pentiumを値下げして対抗することは難しい状況でした。そこで登場したのがCeleronです。ソケット形状はPentium IIと同じくSlot1でした。

(画像出典:ビジネス99マガジンvol4 40-41P)

【1998年 5月】

セハン情報システムズ、世界初の携帯型MP3プレーヤーmpmanを日本で発売

スタッフの“ひとこと”この頃、MPEG圧縮はまだ一般的には動画圧縮フォーマットとして認知されていて、MP3の音声圧縮は一部でしか利用されていませんでした。しかし、Windows標準のWAVEよりも圧倒的に容量が圧縮でき、高音質を保っていたことや、その扱いやすさから爆発的に普及することになります。

【1998年 7月】

Microsoft、Windows98を発売

スタッフの“ひとこと”同日、ウィルススキャン、デスクトップテーマ、ゲームソフトなどがセットとなったパワーアップキット「Microsoft Plus! 98」も発売となりました。Windows98が対応していたUSBのバージョンは1.0ですが、規格が成熟していなかったこともあり、不安定でした。この問題は、翌年発売のマイナーバージョンアップであるWindows98 Second EditionでUSB1.1に完全対応し、解決します。

(画像出典:ビジネス99マガジン vol3 14-15P,TSUKUMO NEWS FILE 98-裏表紙)

【1998年 8月】

Apple、初代iMacを発売

スタッフの“ひとこと”iMacの登場と同時に、半透明のデバイスが爆発的に大流行しました。また、iMacはそれまでのインターフェイスを廃止し、USBに一本化しましたが、これがUSBの普及に大きく貢献したことは言うまでもありません。iMacはその後のPC業界に大変大きな影響を与えたのです。

(画像出典:ビジネス99マガジン vol4 8P)

【1998年 11月】

セガ・エンタープライゼス、据え置き型ゲーム機Dreamcastを発売

スタッフの“ひとこと”「プレステのほうが面白いよな!」で有名な湯川専務のCMシリーズを覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。特徴的なコントローラ、液晶のついたビジュアルメモリ、1GBの容量をもつGD-ROM。インターネット接続でオンライン通信対戦が可能なことなど、先進的な機能も多く、たくさんのファンがいた名作ゲーム機です。

【1998年 1月】

ネットスケープ社、Netscape NavigatorとNetscape Communicatorを無料にすると発表

スタッフの“ひとこと”ネットスケープ社の発表では明言されていませんが、この頃既にマイクロソフト社のInternet Explorerの勝利が濃厚な状況であり、それに対抗する手段であることは誰もが感じていました。

【1998年 2月】

ベクター、シェアウェア送金代行サービス「シェアレジ」を開始

スタッフの“ひとこと”当時、Vector掲載の膨大なソフトウェアを収録した複数のCD-ROMパックを書籍として毎年刊行していましたが、これをソフトウェア掲載作者に無料で送付するサービスを行っていました(現在は書籍の販売を行っていません)。これ目当てにフリーウェアを作ってしまった人もいるとか・・・?

【1998年 4月】

国内のインターネット利用人口、普及率が10%を超える

スタッフの“ひとこと”調査対象年齢は15~69歳。この頃、趣味・娯楽にインターネットを利用していると答えた方は、84%が男性でした。また、利用場所は77%が自宅で、外出中に利用すると答えた方はなんと0.4%。インターネットの問題点として1位に挙げられるのが「映像が送られてくるのが遅い」であったこの時期、屋外でのネット利用は敷居の高いものでした。

【1998年 5月】

日本デジタル放送サービス、パソコン向け衛星データ放送サービス「SKY PerfecPC!」のトライアル放送を開始

スタッフの“ひとこと”実は、衛星からのデータ受信速度は、理論上30Mbpsまでは可能でした。しかし、当時のパソコンのスペックでは、6Mbpsを超える速度でデータ受信しても、HDDへの書き込みが追いつかずエラーとなってしまったのです。その後、同種のサービス「Mega Wave」に統一する形で、2000年6月にサービス終了となりました。

【1998年 6月】

Internet ExplorerのシェアがNetscape Navigatorを追い抜き、逆転

スタッフの“ひとこと”もちろん、Internet ExplorerがWindows98に標準添付されたことは大きな要因でしたが、それ以前に、第一次ブラウザ戦争と呼ばれるNetscapeとIEとの戦いは大勢が決していたようです。

【1998年 7月】

特許庁が、WEBサイトで商標の検索サービスを開始

スタッフの“ひとこと”この後、翌年3月にIPDL(特許電子図書館)として全面的に提供され、更に2015年3月より特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)として生まれ変わります。

【1998年 9月】

Impress、AKIBA PC Hotline! を創刊

スタッフの“ひとこと”秋葉原マップはその名の通り、秋葉原のマップとショップ情報を掲載したページとして始まりましたが、その中のコーナーとして「AKIBA Hotline!」がありました。この全体をAKIBA PC Hotline!と改称して改めてスタートしたのが1998年です。現在も、Impressで大変人気のあるコンテンツです。

【1998年 11月】

AOL、Netscape Communicationsを買収

スタッフの“ひとこと”買収額は42億1千万ドル。同時に、Sun Microsystemsとインターネット事業で業務提携することを発表しています。AOLは、後にタイム・ワーナーと「世紀の合併」をし、巨大企業となります。

【1998年 12月】

PayPal Inc.が設立

スタッフの“ひとこと”インターネットが普及するに従って、安全な取引を求める声が高っていました。今日もアメリカを中心に、多くの国や地域で普及、利用されています。

1999年の出来ごと

【1999年 3月】

オリジナルCD-Rメディア「バーガーCD」を発売

スタッフの“ひとこと”「手軽によく焼けるイメージ」から誕生したバーガーCD。記録面にはフタロシアニン色素を採用し、8倍速でも安定した書き込みができることが売りでした。公表はしていませんでしたが、高品質、高級CD-Rで名高かった三井化学のOEM製品で、安価で高品質なメディアを求める多くのお客様から指名買いを頂いておりました。後に、12倍速対応、スリムケースの商品にモデルチェンジしています。

(画像出典:TSUKUMO NEWS FILE 99-裏表紙)

【1999年 3月】

Pentium III搭載ツクモオリジナルパソコン、続々登場

スタッフの“ひとこと”一例として、TS-3450/10Gの主な仕様は、CPUがPentium III/450MHz、メモリが128MB、HDDが10.1GB、ビデオカードにViper V770の32MB。最大36倍速のCD-ROMドライブを搭載していました。

(画像出典:TSUKUMO NEWS FILE 99-P6)

【1999年 4月】

ツクモ名駅店がオープン

スタッフの“ひとこと”こちらの店舗だけで利用できる、専用ポイントカードが期間限定で発行されました。当時、名古屋駅前ではPCパーツを扱う店がまだ少なかった為、近隣オフィス街のビジネスマンやPCパーツ愛好家のお客様に大変ご支持頂きました。女性のお客様が多かったのも特徴的でした。

(画像出典:TSUKUMO NEWS FILE 99-P2、P3)

【1999年 6月】

ツクモの広告、JR東日本ポスターグランプリ'99のサインボード部門で入選

スタッフの“ひとこと”広告写真の舞台はお馴染み、秋葉原中央通り、総武線ガード下。セガのゲームセンター前と言えば思い浮かぶ方も多いかもしれません。先頭にはツクモのスタッフが台車を押していますが、実はこの他にも、ツクモの取締役(当時)が混じって歩いています。

(画像出典:TSUKUMO NEWS FILE 99-表紙)

【1999年 6月】

ツクモパソコン本店とDOS/Vパソコン館にて、キャンペーン「バックアップ大作戦」を開催

スタッフの“ひとこと”現在はバックアップをHDDに取る方が多いと思いますが、当時は外部メディアに残すのが主流でした。未だに大量のCD-Rを保管している方もいらっしゃるのではないでしょうか。

(画像出典:九十九タイムス 6月27日号裏表紙)

【1999年 6月】

iMacをお買い上げの方に、iMac Tシャツをペアでプレゼントするキャンペーンを開催

スタッフの“ひとこと”ツクモでMac本体を買うとTシャツをプレゼント、というキャンペーンはこれより過去にもあり、その際は某名人なお客様が「このTシャツが欲しい」とおっしゃって本体を購入されたという逸話があります。

(画像出典:九十九タイムス 6月27日号表紙)

【1999年 7月】

法人様向けに、ツクモオリジナルサーバーキットを発売

スタッフの“ひとこと”Pentium IIIの550MHzを2基積んだSuperServer550KITの価格は890,000円でしたが、この価格でもメーカー製の同等商品に比べて約半額だった為、法人のお客様より多くのお問い合わせを頂きました。

(画像出典:ビジネス99マガジンVol7-P12)

【1999年 8月】

AMD Athlonを採用したツクモオリジナルパソコンを発売

スタッフの“ひとこと”ケースに最新型のアルミケースである、星野金属工業のWindyを採用したことでも話題を呼びました。

(画像出典:九十九タイムス 8月15日号2P)

【1999年 9月】

ツクモ栄店がオープン

スタッフの“ひとこと”会社のお昼休みや仕事帰りに寄って頂けるような店がコンセプト。当時栄店の周辺は東海銀行本店を筆頭に、多くの金融関連会社が軒を連ねる大きなビジネス街で、それまでパソコンショップは無かった為か、前日からお並びいただいたお客様を含め、オープン時は大変多くのビジネスマンにお越しいただきました。オープン記念品の中には、抽選で当たるAIBOの姿も。

(画像出典:ビジネス99マガジンVol8-P60)

【1999年 11月】

ツクモ高田馬場店がオープン

スタッフの“ひとこと”高田馬場駅前ロータリー向かいという好立地、F1ビル7Fに「1フロアで全てが揃う」をコンセプトに、東京では秋葉原以外の土地に初めてオープンしました。ツクモ栄店と同じく、やはり同地域に本格的なパソコンショップがオープンするのは同店が初。多くの学生のお客様のニーズに応えられるよう、PCパーツや携帯電話の品揃えは特に重点的に行なっていました。

(画像出典:ビジネス99マガジンVol8-P61)

【1999年 2月】

インテル、Pentium IIIを発売

スタッフの“ひとこと”当初はPentium IIと同じくSlot 1を採用していた為大きなものでしたが、第二世代のCoppermineからSocket 370へとシフトしていきました。インテルはこのPentium IIIで、AMDのAthlonシリーズと激しい動作クロック競争を繰り広げました。

(画像出典:ビジネス99マガジンVol7-P52、P53)

【1999年 6月】

ソニー、世界初の家庭用エンターテインメントロボットAIBOを発売

スタッフの“ひとこと”ツクモにも多くのお客様がAIBOを求めてご来店頂きました。中には、某有名メカニックデザイナーの方もいらっしゃったとか!

【1999年 7月】

Appleが、AirMacを発表

スタッフの“ひとこと”一般家庭で無線LANによるインターネットやファイルの共有をすることは、現在では普通に行われていることですが、当時は最先端の環境でした。日本国内以外では、AirPortと呼ばれています。現在もAirMac Expressとして多くのユーザーに愛用されています。

【1999年 7月】

Microsoftが、Office 2000を発売

スタッフの“ひとこと”ツクモでは、同年6月30日までに予約購入された方に、発売日到着、送料無料、TVバラエティ「さんまのまんま」で人気の「まんまちゃん」のOffice2000 アシスタントCDプレゼントのキャンペーンを行いました。

(画像出典:九十九タイムス 6月27日号裏表紙/ビジネス99マガジンVol7-P4、P5)

【1999年 8月】

AMD、Athlonプロセッサーを発売

スタッフの“ひとこと”Athlonの登場により、インテルとAMDとの「クロック周波数戦争」が激化します。1999年内だけでも繰り返しトップ交代が行われ、世間の話題は「どちらが先に1GHzに到達するか」で持ち切りでした。翌年、わずか2日の差で、AMDが先んじてAthlon 1GHzを発表します。

(画像出典:ビジネス99マガジンVol8-P52、P53)

【1999年 9月】

シャープ、インターネット対応オーブンレンジ「インターネット DE これつくろ!」を発売

スタッフの“ひとこと”今でこそインターネット対応家電は珍しくありませんが、シャープはいち早く取り組んでいました。こちらのレンジは先駆けとなる商品です。インターネット対応家電はスマート家電とも呼ばれますが、このレンジのレシピが置かれているシャープスペースタウン内の名称も、「スマートクッキング」でした。

【1999年 10月】

SONY、平面ブラウン管ディスプレイCPD-E200を発売

スタッフの“ひとこと”現在、液晶モニタは平面なのが当たり前ですが、ブラウン管は電子ビームを中央奥から照射する仕組みだった為、表示面が丸みを帯びているのが常識でした。平面ブラウン管は表面がフラットになったことで映り込みが大幅に減少し、大変見やすかった為、大人気となりました。

(画像出典:ビジネス99マガジンVol8-P38、P39)

【1999年 2月】

NTTドコモ、iモードサービス開始

スタッフの“ひとこと”前年までドコモのポケベルのイメージキャラクターを務めていた広末涼子さんが引き続きiモードのイメージキャラクターとなり、ポケベル時代の終焉と、携帯電話への世代交代を印象づけました。iモードメールは、ショートメールよりも通信料が安かった為に爆発的に普及しました。

(画像出典:ビジネス99マガジンVol8-P20、P21)

【1999年 3月】

Melissaウイルスが流行

スタッフの“ひとこと”メリッサに感染したパソコンで作成したWordのドキュメントファイルも同様に感染する為、ビジネスで利用の多かった法人間を主として感染が拡大していきました。メールファイルにウイルスを添付する同様の手口はこのメリッサや亜種、変種を含め、現在に至るまで枚挙にいとまがありません。

【1999年 5月】

2ちゃんねるが開設

スタッフの“ひとこと”元々は、前身である「あめぞう」の避難所として作られた掲示板でした。その歴史には様々な事件や問題もありましたが、日本のインターネットの歴史を語る上では絶対に外せないサイトであることは間違いありません。

【1999年 5月】

警視庁、ハイテク犯罪対策センターを開設

スタッフの“ひとこと”翌年には、東京都に後身であるハイテク犯罪対策総合センターが設置されています。2ちゃんねる開設と同年同月、というのも興味深い一致です。

【1999年 8月】

長野県の川中島町有線放送とJANISネット、国内初の商用ADSLインターネット接続サービスを開始

スタッフの“ひとこと”なぜ長野市川中島町で国内初のADSLサービスが始まったのか。それは、昭和30年代から農山村地域の銅線による通信媒体として「有線放送電話網」が利用されていて、同じく銅線を利用する高速通信「xDSL」技術に応用することができたからです。同地域では前年、1998年2月のxDSLの公開利用実験を経て、国内初のサービスインとなりました。

【1999年 9月】

JPドメインの登録数が10万件を突破

スタッフの“ひとこと”ここからわずか1年足らずで、登録数は20万件を突破。加速度的に増えていきます。

【1999年 9月】

Yahoo! JAPANが、国内向けのYahoo! オークションを開始

スタッフの“ひとこと”サービスの開始は楽天オークションが先行していましたが、ヤフオクは無料で利用できた為、急速にシェアを伸ばしました。しかし、その無料であったこと、かつ本人確認の仕組みが無かったことから、オークション詐欺や不正行為が多発しました。その後、幾度かの制度変更を経て、現在の形になっています。2016年7月現在、ヤフオクの全出品数は4800万点前後です。

【1999年 10月】

無線LAN規格、IEEE 802.11bが制定

スタッフの“ひとこと”同時期無線規格には、同じ2.4GHz帯を利用する、Intelが推進していたHRFWGの「HomeRF」があり、そちらが主流になると見られていましたが、Appleが「AirMac」でIEEE 802.11bを採用していたことや、参画企業がIEEE 802.11bにこぞって参入したことなどから普及しました。

【1999年 11月】

電子書籍コンソーシアム、ブックオンデマンドシステムの総合実証実験を開始

スタッフの“ひとこと”現在、電子書籍はメジャーなジャンルとなりましたが、ここに至るまでは決して平坦な道ではありませんでした。電子書籍で出版する際の許諾の問題、当時はまだ脆弱だった通信回線の問題、書店を介さない流通の問題等山積していたのです。このような問題もあり、電子書籍コンソーシアムは発足から2年弱という短い期間で解消されました。もちろん現在でも、電子書籍のあり方については様々な方面から協議されています。

2000年の出来ごと

【2000年 1月】

ホームトレードおまかせパックを販売

スタッフの“ひとこと”日本版金融ビッグバンの柱として、前年10月に株式売買委託手数料が自由化され、固定手数料制が廃止されました。これにより、インターネットを利用したホームトレードが大ブレイクしました。

(画像出典:ビジネス99マガジンVol9 P16-P17)

【2000年 2月】

Windows2000 Professional搭載オリジナルPCを発売

スタッフの“ひとこと”上位モデルであるTS-3700/20PSの主なスペックは、CPUがPentiumIII/700MHz、Intel 440BX、メモリが128MB、HDDが20GB、最大40倍速のCD-ROMと、GeForce Pro256/32MBを搭載していました。

(画像出典:ビジネス99マガジンVol9-P21)

【2000年 3月】

ツクモ八重洲店がオープン

スタッフの“ひとこと”1Fがパソコン総合フロア、B1FがPCパーツフロアの2フロア構成で、開店時は近隣の会社から多くのビジネスマンにご来店頂きました。

(画像出典:ビジネス99マガジンVol9-P57)

【2000年 4月】

ツクモ下北沢店がオープン

スタッフの“ひとこと”7フロアでは数が合わないと思われたかもしれません。下北沢店はもともとカフェとブティックが入っていた建物で、階段の踊り場の位置にもフロアがあったのです。iMacを全色展示していたり、MDにその場で音楽を書き込める販売機を設置していたりと、店舗自体もお洒落な構成になっていました。学生さんや外国の方から、芸能人の方まで、多くのお客様にご愛顧頂きました。

(画像出典:TSUKUMO NEWS FILE 2000年10月号 P8-P9)

【2000年 7月】

@T. 立教通り店がオープン

スタッフの“ひとこと”主にネットワーク情報端末を扱う、新しいコンセプトの小型店舗でした。土地柄学生のお客様が大変多く、当時爆発的に普及していた携帯電話やPHSをお求めの方にご好評いただきました。

(画像出典:99マガジンVol11-P77)

【2000年 8月】

ツクモ ROBOCON Magazine館がオープン

スタッフの“ひとこと”当時、テレビでは手作りロボットコンテストの模様が放映されるなど、ロボットを自作すること自体は認知が進んできていましたが、実際にどのように作るのか、パーツはどんなものがあってどこで手に入るのか、という問題がありました。ツクモロボコンマガジン館が果たした役割はとても大きかったと言えます。現在は、ツクモパソコン本店II2Fロボット王国、もしくはロボット王国オンラインショップ(http://robot.tsukumo.co.jp/)でお買い求めいただけます。

(画像出典:TSUKUMO NEWS FILE 2000年10月号 P2-P3、99マガジンVol11 P72-P73)

【2000年 8月】

@T. 秋葉原東店がオープン

スタッフの“ひとこと”@T.は「アット」と読みます。携帯電話やPHS、一部家庭用ゲーム機もお取り扱いしていました。九十九電機のWikipediaにも載っていないこのお店をご存知の方は、真のツクモ通です。

(画像出典:99マガジンVol11 P77)

【2000年 9月】

ツクモ蒲田東急プラザ店がオープン

スタッフの“ひとこと”ツクモとしては初めてのデパートテナントです。蒲田はターミナル駅であり、周辺には住宅地や工場などもあって、大変幅広い層のお客様にお越しいただきました。

(画像出典:TSUKUMO NEWS FILE 2000年10月号 P11)

【2000年 9月】

ツクモパソコン本店IIIがオープン

スタッフの“ひとこと”開店当初はノートパソコンをメインにした売り場構成でした。現在は、VR専門店「ツクモVR.」として営業中です。

(画像出典:TSUKUMO NEWS FILE 2000年10月号 P11)

【2000年 10月】

PentiumIII/1GHzを搭載したツクモオリジナルPC TS-1000/30TDが好評

スタッフの“ひとこと”自作PCが一大ブームとなり、購入したパソコンを自分なりにカスタマイズしたいというご要望が多かった頃で、PentiumIIIの1GHzを採用し、シンプルな構造ながら高いパフォーマンスを実現したこのモデルの人気が高かったのです。

(画像出典:99マガジンVol11 P63)

【2000年 11月】

ツクモeX.がオープン

スタッフの“ひとこと”eX.は、exciting、expert、expansion、exceed、extraの5つのexから生まれた名称。外観の黒色は中央通りでも一際目立ち、開店前から大変話題になっていました。オープンセールではPentiumIII/1GHzを9,999円で販売、数百人のお客様にお並びいただきました。外部にある、秋葉原初となる長さ15mの大型電光掲示板は、オープン当時からimpressのPCニュースヘッドラインや特価情報を流していました。

(画像出典:99マガジンVol11 P76)

【2000年 12月】

パソコン組み立て教室を開催

スタッフの“ひとこと”自作熱が高まりを見せる中、秋葉原教室での開催の他、出張教室、講師の派遣、各種研修用の教室レンタルも行っていました。

(画像出典:99マガジンVol11 P92-P93)

【2000年 1月】

カラー液晶を搭載した携帯電話が続々と登場

スタッフの“ひとこと”当初は256色カラーでしたが、待ち受け画面に好みのカラー画像を設定できるなど、携帯の楽しみ方が広がり大人気となりました。

(画像出典:ビジネス99マガジンVol9 P14-P15)

【2000年 2月】

マイクロソフト、Windows 2000を発売

スタッフの“ひとこと”この頃、既にNT系と9x系の統合が計画されていた為、Windows 2000には9x系のインターフェイスが取り入れられたこともあり、馴染みやすく高い人気を得ました。その安定性は抜群で、後継であるWindows XP発売後も人気を二分していました。

(画像出典:ビジネス99マガジンVol9 P4-P5)

【2000年 2月】

PCケースのラインナップが充実

スタッフの“ひとこと”iMacの大人気からスケルトンのPCケースが増えた他、猫やペンギンなどを前面にデザインした個性的な商品も登場し、ケースを選ぶ楽しみが増えました。

(画像出典:ビジネス99マガジンVol9 P50-P51)

【2000年 3月】

SCE、プレイステーション2を発売

スタッフの“ひとこと”PS2はゲーム機としての性能も大変高く、数々の大ヒットゲームを生み出しましたが、ハード的には「DVDプレーヤー」として利用できるという点も大きなアドバンテージでした。国内でのDVDの普及はPS2が無ければ成し得なかったと言われるほどで、その貢献度は大変高かったのです。当時、発売されるDVD映像ソフトのパッケージには、「PS2対応」の文字がよく見られました。

(画像出典:ビジネス99マガジンVol9 P77)

【2000年 9月】

マイクロソフト、Windows Me(Millennium Edition)を発売

スタッフの“ひとこと”同年発売されたWindows 2000はNTカーネルをベースにしたOSで、9x系のOSはNT系へ統合される予定でした。しかし、より一般ユーザ向けのOSも必要という判断から開発、発売されたのがWindows Meです。マルチメディア機能が強化され、ドライバも充実していましたが、不安定な面も見受けられました。

(画像出典:99マガジンVol11 P47)

【2000年 11月】

シャープ、初の写メール対応デジカメ搭載携帯J-SH04を発売

スタッフの“ひとこと”実は、カメラ付き携帯電話としては、前年に発売された京セラのVP-210が世界初です。しかし、VP-210のカメラは主にテレビ電話用だった為、携帯の前面に搭載されていました。J-SH04は、2014年に国立科学博物館により、写真をメールに添付して送受信する写メールを定着させた功績で、未来技術遺産に登録されています。

(画像出典:99マガジンVol11 P28)

【2000年 11月】

インテル、Pentium4をリリース

スタッフの“ひとこと”リリース当初はSocket 423のIntel 850チップセット版で、RIMMしか使用できなかった為か、64MBのRIMM2枚を同梱したパッケージが発売になりました。1.3GHz、1.4GHz、1.5GHzの3種類がラインナップされていました。

(画像出典:99マガジンVol12 P64)

【2000年 2月】

不正アクセス禁止法が施行

スタッフの“ひとこと”インターネットの活用が急速に広まっていく中、他人のパスワードを利用する不正アクセスや中央省庁のWEBページ改ざんなどの不正行為も度々ニュースになっていました。

【2000年 5月】

LOVE LETTERウイルスが流行

スタッフの“ひとこと”題名が「I Love you」のメールを受け取った記憶のある方もいらっしゃると思います。LOVE-LETTER-FOR-YOU.TXT.vbsというファイルが添付されており、これを実行すると、Outlookのアドレス帳に登録されたメールアドレス全てに複製を送信する、自己複製型のワームでした。また、亜種も大量に存在しました。

【2000年 7月】

秋葉原駅前広場で、AKIBAX2000インターネットショーin秋葉原が開幕

スタッフの“ひとこと”現在ダイビルが建っている付近に、当時は駅前広場があり、バスケットコートなどが設置されていました。ここを会場として行われていたイベントです。会場内では秋葉原の各店で使えるクーポンが配られ、ツクモでは、このクーポンを商品購入時にお渡し頂いた方に、先着でAKIBAX Girlsが印刷されたエンブレムをプレゼントしていました。

【2000年 9月】

日本初のインターネット専業銀行、ジャパンネット銀行が設立

スタッフの“ひとこと”翌月10月12日に開業。インターネットにおける、オークションやネットショッピングなどの少額決済などに特化。通帳を発行しない、メールでの入金通知などの仕組みがジャパンネット銀行により提供されました。また、取り引き時間を秒単位まで表示したのも、ネット銀行ならではの取り組みでした。翌年、Yahoo!オークションオフィシャルバンクとして提携が行われます。

【2000年 9月】

Googleが日本語版正式サービスを開始

スタッフの“ひとこと”当時、日本ではまだ圧倒的にYahoo!の人気が高く、そんな多くの人はGoogleは数ある検索サービスの一つと捉えていました。後に「ググる」といったネットスラングが生まれるほどの代表的検索エンジンに成長することは予想できなかったのでは。

【2000年 10月】

株式会社インプレスが東証一部に上場

スタッフの“ひとこと”翌月開店のツクモeX.の外部電光掲示板には、インプレスのPC関連ニュースヘッドラインが流され、お客様の目を引きました。当時インプレスの代表取締役社長で、創業者でもある塚本慶一郎氏の対談を99マガジンに掲載しました。

(画像出典:99マガジンVol11 P10-P11)

【2000年 10月】

KDDIが誕生

スタッフの“ひとこと”KDDとDDIとIDOが合併してKDDI…IDO成分が少ない? と思われた方がいらっしゃるかもしれません。実は、当時流れていたCMで自らこの件をフレーズとして使用していたのです。この時点でのロゴと読みはKDDIでしたが、まだ合併社名は「株式会社ディーディーアイ」でした。

【2000年 11月】

Amazon.co.jpがオープン

スタッフの“ひとこと”言わずと知れた、日本最大級のECサイトです。当時の位置づけは「和洋書170万タイトルを扱う国内最大級のオンライン書店」。その後取り扱いジャンルは大きく拡大し、Amazonビデオ、ミュージックなどデジタルコンテンツの扱いも多岐にわたります。

【2000年 11月】

ロボット博覧会「ROBODEX2000」が開幕

スタッフの“ひとこと”特に、発表されたばかりのホンダ「ASIMO」の一般公開デモンストレーションは多くの人の関心を集め、入場は2時間以上の待ち時間に。軽快に歩きダンスステップまでこなす姿に驚きの声が挙がっていました。

【2000年 12月】

NTT東西、フレッツ・ADSLの提供を開始

スタッフの“ひとこと”月額料金は、加入電話と共用するタイプで4,800円。共用しないタイプで6,400円。別途プロバイダ料金が必要となりました。開始当初の提供地域は東京23区及び大阪市の一部で、順次拡大されました。必要な物品の製造が終了したことから、2016年6月末で基本的に新規受付が終了となっています。当時は、NTT基地局からの距離が重要となった為、引っ越しを決める際に考慮することもありました。

2001年-2002年の出来ごと

【2001年 2月】

ツクモオリジナルPCケースが大人気

スタッフの“ひとこと”ツクモオリジナルのアルミ筐体PCケースは、多くのお客様にご指名頂き、様々な派生ケースが登場しました。

(画像出典:99マガジンVol12 P50)

【2001年 3月】

高橋敏也氏が、99マガジン12号に特別寄稿

スタッフの“ひとこと”ツクモオリジナルケースにPentium4/1.5GHz、256MB RIMMを2枚という当時としてはとんでもなくハイエンドなマシンを組んでいらっしゃいます。その価格はおいくらだったのか、是非記事内でご確認ください。

(画像出典:99マガジンVol12 P64-P67)

【2001年 4月】

ツクモなんばParts王国がオープン

スタッフの“ひとこと”日本橋電気街の北西部、なんば駅から徒歩5分。4階建ての店舗で、PCパーツを中心に品揃えしていました。オープン時は、地域初出店だったこともあり、大変多くのお客様にご来店頂きました。

(画像出典:99マガジンVol13 P87)

【2001年 5月】

ツクモeX.カードが誕生

スタッフの“ひとこと”ツクモeX.カード誕生記念として、Webにご登録頂くと合計100万円分のポイントが当たるキャンペーンを行いました。

(画像出典:99マガジンVol13 P18-P19)

【2001年 6月】

ツクモオリジナル液晶モニタTS-T17LCDを発売

スタッフの“ひとこと”当時はCRTディスプレイから液晶への買い替えが進んでいる時期でしたが、17インチ以上の液晶はまだ出揃っておらず、価格も高価なものが多く、高解像度対応で低価格、消費電力も抑えられたTS-T17LCDは多くのお客様にご指名頂きました。

(画像出典:99マガジンVol13 P15)

【2001年 6月】

DEPOツクモ札幌駅前店がオープン

スタッフの“ひとこと”オープン記念として台数限定の日替わり特価品の他、PCパーツ大抽選会と題してHDD・CPU・グラフィックスカードなどが99円でご購入頂ける抽選を行い、大変多くのお客様にお越しいただきました。

(画像出典:99マガジンVol13 P91)

【2001年 8月】

法人様向けOA用品オーダーサイト、すぐきてねットをオープン

スタッフの“ひとこと”ご利用には事前登録を頂く必要がありましたが、通常在庫品に限り、沖縄離島、北海道を除く地域には、15時までのご注文品を翌日にお届けするサービスを行っており、多くの法人様にご利用頂きました。

(画像出典:99マガジンVol14 P85)

【2001年 9月】

店頭買取を開始

スタッフの“ひとこと”お持ち込みいただいたアイテムの即日査定、即日精算、9のつく日は増額買い取りなど、現在のスタイルはこの開始当初から続いています。

(画像出典:99マガジンVol14 P70-P71)

【2001年 11月】

ロボフェスタ神奈川2001にツクモロボコン館が出展

スタッフの“ひとこと”ロボフェスタ神奈川2001は、同年8月から横須賀、川崎、相模原、横浜でリレー開催され、ロボットによる競技、展示、フォーラムが展開されました。ホンダのASIMO、ソニーのAIBOの両展示は大人気でした。

(画像出典:99マガジンVol13 P74-P75)

【2001年 11月】

ツクモインターネットショップに、ソフトダウンロードショップがオープン

スタッフの“ひとこと”オープン当初のラインナップは、Windows版/Mac版あわせて約200本。オンライン決済でそのままダウンロード、その場でご利用頂くことが可能でした。まだアナログ回線の方もいらっしゃいましたので、「ADSL等の高速回線でのご利用をお勧め致します」というテキストを掲載して運用していました。

(画像出典:99マガジンVol15 P35)

【2001年 3月】

LEGOマインドストームが大流行

スタッフの“ひとこと”ギアやモーター、各種センサーとLEGOブロックを組み立てて作ったロボットに、パソコン上で設定した動きを司るプログラムを書き込んで動かす。このなんとも魅力的なおもちゃに、お子さんから大人まで、多くの方が魅了されました。現在でも、教育用を中心に販売されています。

(画像出典:99マガジンVol12 P12-P13)

【2001年 3月】

Apple、Mac OS X 10.0を発売

スタッフの“ひとこと”独自OSであった旧来のMac OSとは異なり、UNIXベースとなったMac OS X。スティーブ・ジョブズが立ち上げたNeXT社のNEXTSTEPを元に開発されました。Aquaと呼ばれる半透明で美しいインターフェースは衝撃を与えました。現在は、呼称が「macOS」に変更されています。

(画像出典:99マガジンVol12 P63)

【2001年 11月】

マイクロソフト、Windows XPを発売

スタッフの“ひとこと”XPの登場によって、遂に9x系とNT系の2つが統合されることになります。Windows XPは大変完成度が高く、その後、新OSが発売された後も使い続けるユーザーが数多くいらっしゃったのは記憶に新しいところです。期間の延長を経て、2014年4月9日、サポートが終了しています。

(画像出典:99マガジンVol14 P14-P17)

【2001年 1月】

ウィキペディア・プロジェクト開始

スタッフの“ひとこと”ウィキペディアには多くの方が、日頃お世話になっていると思います。前身は同じくジミー・ウェールズが立ち上げたインターネット上の百科事典プロジェクト「ヌーペディア」でしたが、記事の一つ一つを専門家が検証してから公開する形をとっていて、それらには大変時間がかかっていました。もっと自由に楽しく記事を書けるようにしたい、という思いから開始されたのがウィキペディアです。

【2001年 6月】

DDIポケット、PHSによる定額料金制の移動体通信サービス「AirH"」を開始

スタッフの“ひとこと”AirH"は、エアーエッジ(AIR-EDGE)と読みます。当時PHSは環境が整いつつあった携帯電話に押され気味でしたが、定額制移動体通信の登場で息を吹き返しました。

(画像出典:99マガジンVol13 P38)

【2001年 7月】

ワーム「Code Red」による被害が拡大

スタッフの“ひとこと”この日、Code Redによるトラフィックが爆発的に増加した為、世界中でアクセスが困難な状態となり、「インターネットが麻痺した日」と呼ばれました。「Code Red」は、マウンテンデューのチェリー味の商品名が由来となっています。

【2001年 8月】

NTT、Bフレッツを開始

スタッフの“ひとこと”それまでの、電話回線を利用するADSLと違い、専用の光ファイバを建物内に引き込んで利用するBフレッツ。当初は導入に敷居が高いと一部で言われることもありましたが、その安定して高速な通信が周知されると利用者が急拡大、人気のサービスとなりました。現在は新規申し込みを終了しており、フレッツ光ネクストへの移行が進んでいます。

【2001年 9月】

ウイルス「Nimda」が全世界で猛威を振るう

スタッフの“ひとこと”NimdaがCode Redと異なっていたのは、感染経路が「メール閲覧」「感染サイトへのアクセス」「ファイル共有」「IISサーバへの侵入及び改ざん」と多岐に渡っていたことで、被害は急速に広がりました。世界全体での被害総額は700億円とも言われています。名前の由来は、「admin」を逆から書いたものです。

【2001年 9月】

Flashアニメが流行の兆しを見せる

スタッフの“ひとこと”「吉野家」という単語を聞いてFlashを思い出す方もいらっしゃるかもしれません。まだYouTubeやニコニコ動画が無かったころ、個人でアニメーションを作ってWEBに公開するのに適していたFlashが、大人気コンテンツとなります。

2001年-2002年の出来ごと

”顧問に聞いてみた” 第3回 2001年 Windows XPを振り返って

株式会社Project White顧問 鈴木淳一

2001年にはWindowsXPが発売されました。このXPが、日本のパソコン業界を大きく変えたものの一つです。XPは、Windows95、98にあったバグを改善して、かなり品質が良くなりました。

90年代、台湾生産で、もともと品質が悪かったPCがどんどん良くなってきて。台湾は中国にノートPC工場を作るのを禁止していたのを、2000年ごろにOKにしました。で、台湾の、我々の知ってるほとんどの会社が、中国にノートPCの工場をバーッと作り出しました。そして2002年~2004年頃から今に至り、ほとんどのものが中国生産、会社は台湾カンパニーというのが8割9割。

我々がイーマシーンズを売ったのも、2002年の12月。イーマシーンズがあれだけ売れたのは、一つ目の理由がXPの品質が良くなったから。二つ目は、中国の生産が良くなった。そして三つ目は、中国の大量生産モデルを小売に活かしたこと。その三つが大きな要素でした。それによって、年間10万台以上販売という大ヒットをしたわけです。まあでもアメリカの会社ですから、すぐにイーマシーンズをゲートウェイに売ってしまって。で、今度はゲートウェイがエイサーに売っちゃって。そういうところはアメリカらしいですよね。

次回は、『第4回 2008年 iPhoneが与えた影響を振り返って』 を掲載予定です!

【2002年 2月】

ツクモオリジナルマシンが用途別やスリム、コンパクトモデルなどに分化し始める

スタッフの“ひとこと”現在、eX.computerでは多くのモデルが存在しますが、この頃から多様なモデルに分かれていきました。また、組み上げれば一台のマシンになるPCパーツセット「時給自作」も人気を博しました。

(画像出典:99マガジンVol15 P4-P7)

【2002年 3月】

ツクモインターネットショップ、「博士と助手」シリーズを掲載

スタッフの“ひとこと”現在では、ツクモインターネットショップのマスコットキャラクターにツンツク、モモコ、アンズがいますが、それ以前、初心者向けにパソコンの仕組みや商品カテゴリを解説する「博士と助手」というキャラクターがいました。助手はなぜか、カエルでした。

(画像出典:99マガジンVol15 P36-P37)

【2002年 12月】

低価格パソコンeMachinesの販売を開始

スタッフの“ひとこと”国内のメーカー製パソコンが付加価値で特長を出していく中、シンプルに基本性能のみに特化した低価格パソコンイーマシーンズは、まさに一世を風靡し、大変多くのお客様よりご支持頂きました。

(画像出典:ツクモネットショップ アーカイブ)

【2002年 3月】

インテル、モバイル Pentium4-Mを発売

スタッフの“ひとこと”モバイル向けCPUとして初めてNetBurstマイクロアーキテクチャを採用したモバイル Pentium4-Mは、初期からTDPの問題に悩まされ続けていました。上がるクロック周波数、合わせて上昇する発熱量、モバイルという冷却性能に限界のある筐体の中で、なんとか高い性能を実現しようとしていたのです。

【2002年 5月】

P2Pソフト、Winnyのベータ版が公開される

スタッフの“ひとこと”Winnyを使って違法にデータをやりとりする方法が爆発的に広がり、社会問題となりました。また、P2Pソフトそのものや、その作成者に対して罪を問えるのか、という議論も活発に行われました。

【2002年 5月】

スクウェア・エニックス、FinalFantasy XIを発売

スタッフの“ひとこと”このタイトルで、オンラインゲームの楽しさを知ったという方も数多くいらっしゃると思います。パソコン版は、同年11月に発売されています。

【2002年 9月】

Mozilla Firefoxが誕生

スタッフの“ひとこと”現在でも人気のブラウザ、Firefox。当初の名称は「Phoenix」でしたが、商標権の問題から、後に改名されFirefoxとなります。なお、Firefoxはレッサーパンダの別名から来ているもので、キツネそのものではありません。

2003年の出来ごと

【2003年 8月】

二足歩行ロボット組み立て講習会を開催

スタッフの“ひとこと”ノートパソコンで制御する二足歩行ロボットを実際に組み立てる講習会。ノートパソコンとはRS-232Cで接続するものでした。参加費は、組み立てセット代で税込み84,000円。ROBO-ONE委員会の後援もあり、この講習会からROBO-ONE Jr.大会へ・・・という方もいらっしゃったかもしれません。

(画像出典:http://www.tsukumo.co.jp/shop/robo/kumitate.html)

【2003年 12月】

ツクモネットショップ、人気特集「ちょいとお奨めケース特集」を開始

スタッフの“ひとこと”2016年12月に公開したものが第148弾。遡ること13年、記念すべき第1弾は、SilverStone編でした。現在まで公開された全てのおすすめPCケース特集は、こちら(http://shop.tsukumo.co.jp/special/040126b/)から一覧でご覧頂くことができます。

(画像出典:http://shop.tsukumo.co.jp/special/031212a/)

【2003年 2月】

Epic Games、「Unreal 2:The Awakening」を発売

スタッフの“ひとこと”もしかしたら、「Unreal Engine」が元は固有ゲームの名称から取られたということをご存知でない方もいらっしゃるかもしれません。1990年代後半、「Quake」、「Half-Life」と並び3大FPSの一角と称された「Unreal」の待望の続編が発売されました。Unreal Engine2が採用され、当時としては最高峰のグラフィックスでした。

【2003年 5月】

NTTドコモ、sigmarionIIIを発売

スタッフの“ひとこと”前モデルと比べより軽く、より薄くなったsigmarionIII。Windows CE.NETを採用し、5インチのTFTカラー液晶は800×480、65,536色表示。発売後すぐにモバイラーから圧倒的な支持を集め、ロングセラー商品となりました。

(画像出典:株式会社NTTドコモ 報道発表資料)

【2003年 9月】

インテル、新フォームファクタBTX規格を提唱

スタッフの“ひとこと”増大し続けるCPUの発熱量に対応する為、従来のATX規格の後継となるBTX規格が登場しました。特徴としては、ATX規格に対して拡張スロットの位置が反対側になっています。また、ケースファンにより流入した風がメモリスロットも含めて平行に流れるようになり、CPUやチップセットも効率的に冷却できる配置になっていました。しかし、その後発売されたCPUで発熱問題が解消されていったこともあり、徐々に市場から消えていきました。

【2003年 11月】

アイオーデータ、DVDドライブ搭載ネットワークメディアプレーヤー「AVeL LinkPlayer」を発売

スタッフの“ひとこと”基本的にDVDプレーヤーですが、ネットワーク端子があり、同一ネットワーク上のパソコン内にある映像、音楽、写真データをテレビやオーディオ機器で再生することができました。現在ではそれほど珍しくない機能ですが、当時は画期的な商品で、モデルチェンジされて長期間人気商品となりました。

(画像出典:株式会社アイ・オー・データ機器 AVLP1/DVD株式会社アイ・オー・データ機器 AVeL Link Player)

【2003年 12月】

ソニー、HDD搭載DVDレコーダー「PSX」を発売

スタッフの“ひとこと”まだHDDとDVD一体型のレコーダーがあまり普及しておらず、ビデオカセットテープに録画するのが主流だったこの頃、当時大人気だったPlayStation2とHDD・DVDレコーダーの機能が一台になったPSXが発売、話題になりました。後に多くのソニー製品で使用されるクロスメディアバーを初めて実装した機械でもあります。後に大胆な低価格化も行いHDD・DVDレコーダーの普及に大きな影響を与えましたが、PSXの販売自体はあまり振るいませんでした。

(画像出典:ソニーデジタルレコーダーホームページ)

【2003年 1月】

マイクロソフト、オンラインサービスXboxLiveを開始

スタッフの“ひとこと”Xboxは周辺機器を必要とせず、本体のみでオンラインに接続できるハードでした。XboxLiveではボイスチャットに標準で対応し、スターターキットにはドリームキャスト版が好評だったオンラインゲーム「PHANTASY STAR ONLINE」のXbox版を同梱していました。また、専用の新規MMORPGである「トゥルーファンタジー ライブオンライン」の発売も発表されていた為、多くの方がサービス開始前から関心を寄せていたサービスです。後に「トゥルーファンタジー ライブオンライン」は残念ながら開発中止となっています。

【2003年 4月】

Linden Lab、Second Lifeを開始

スタッフの“ひとこと”その名の通り、インターネットの仮想世界で現実とは別の人生を送る。MMO RPGと勘違いされることも多いですが、クエストやモンスターの登場などはなく、あくまで仮想世界での生活を楽しむソフトで、会話やコンサートへの参加、お店の運営やものづくりを楽しむなど、多様なプレイスタイルがあります。また、ゲーム内通貨であるリンデンドルは、現実の通貨アメリカドルと交換することができるのも特徴です。

【2003年 6月】

Apple、WEBブラウザSafariの公式版をリリース

スタッフの“ひとこと”それまで、Mac OSの標準ブラウザはNetscape NavigatorやInternet Explorerでしたが、このSafari 1.0のリリース後、マイクロソフトがInternet Explorer for Macの開発中止を発表した為、以降Mac OSの標準ブラウザはSafariとなります。現在は、iPhoneで利用されている方も多いのではないでしょうか。

【2003年 8月】

スカイプ・テクノロジーズ、Skypeのパブリックβ版を公開

スタッフの“ひとこと”Skypeは「Sky peer-to-peer(P2P)」の略語です。低速度回線でも安定して品質の良い通話をできる為、現在でも多くの方が利用しているサービスです。チームやパーティの呼吸を合わせる必要があるオンラインゲームの補助アプリとして活用されている方もいらっしゃるのではないでしょうか。現在は、マイクロソフトが買収、運営を行っています。

2003年の出来ごと

【2004年 5月】

パソコンの救急缶「もうあ缶!!」を発売

スタッフの“ひとこと”その名の通り、サポート券、ID番号とフリーダイヤル番号などが入った缶詰で、パソコンに関することで困ったことがあればプシュッと開封、24時間お電話でサポートするサービスでした。初歩的なご質問が多かったのですが、中にはとても専門的なお問い合わせもあったとか。価格は、おひとつ2,100円でした。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2004年 6月】

ツクモネットショップ、人気特集「爽快打鍵」シリーズの第一号?を掲載

スタッフの“ひとこと”現在、「爽快打鍵」シリーズ一覧(http://shop.tsukumo.co.jp/special/050320b/)の初回は、2005年1月に公開したミネベア製キーボード「CMI-6D4Y6」のブラックタイプですが、遡ること7ヶ月、同じく「CMI-6D4Y6」の通常カラーの特集ページを公開した際も、タイトルバナーに「爽快打鍵」の文字を入れていました。よって、こちらが真の第一回ということに?

(画像出典:http://shop.tsukumo.co.jp/special/050320b/)

【2004年 9月】

ツクモネットショップ、TAPシステムを開始

スタッフの“ひとこと”パソコンやPCパーツなどを、ビジネス目的で数多く必要とされるリセラー様の中で、年間取引金額など一定の条件を満たしていただける方に対してツクモの取り扱い商品を『会員特別価格』で販売させていただく会員制度(http://www.tsukumo.co.jp/taps/)を開始しました。現在も、多くのリセラー様、SIer様にご利用頂いております。

(画像出典:http://www.tsukumo.co.jp/taps/)

【2004年 2月】

Facebookが誕生

スタッフの“ひとこと”当初はハーバード大学の学生に限定されていたFacebookですが、後に他大学、高校生、13歳以上であれば誰でもOK、と対象者を広げていき、世界最大のSNSに成長しました。他のSNSと異なり、基本的に実名登録制であることが最大の特徴です。

【2004年 2月】

国内でSNSが始まる

スタッフの“ひとこと”現在、多くの方が利用されているSNS。そのブームの幕開けは2004年、mixiとGREEのサービス開始からです。GREEは、現在ではソーシャルゲームで有名ですが、初期は交流型SNSでした。

【2004年 4月】

Google、Gmailを開始

スタッフの“ひとこと”現在、全世界で大変多くの方に利用されているGmail。無料分のストレージが15GBと大容量なことが特長ですが、ウィルススキャンやエイリアスアドレス、ラベルなどの機能も充実しており、人気の一因となっています。

【2004年 9月】

サイバーエージェント、アメーバブログを開始

スタッフの“ひとこと”通称アメブロ。芸能人や有名人のブログが多いことで知られ、また、ブログの内容の書籍化、ドラマ化なども行われた人気サービスです。後に、ブログ以外の様々なネットワークサービスが提供され、Amebaブランドとなります。

【2004年 4月】

近藤科学、二足歩行ロボットキット「KHR-1」を発売

スタッフの“ひとこと”現在でも代表的二足歩行ロボットキットであるKHRシリーズ。その第一号であるKHR-1が発売されました。身長34センチ、重量1.2kg。ドライバー一本で組み立て可能。12万6000円という価格は、このクオリティのキットとしてはまさに衝撃的で、二足歩行ロボットの普及に大きな役割を果たしました。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2004年 5月】

ソニー、世界最小・最軽量のWindows XPマシン「VAIO type U VGN-U50」を発売

スタッフの“ひとこと”当時としては珍しい、キーボードの無い液晶タッチパネル式の本体で、Windows XPマシンとして世界最小・最軽量となりました。Ctrl+Alt+Delがワンボタンで行えるなど、操作性へのこだわりも随所に見られました。縦持ち、横持ち両対応で、本体重量は約550g。液晶は5インチTFT、800×600ドットでした。

(画像出典:ソニー製品情報 モバイルノート TypeU)

【2004年 7月】

ツクモとWindyのコラボケース、「MT-PRO1220 T-STYLE」発売

スタッフの“ひとこと”傷のつきにくいアルミケースにブラックアルマイト処理で強度と見た目を向上。マザーボードベースを引き出してメンテナンスできることや、冷却や静音性能を更にアップさせることもでき、拡張性と剛性も確保した究極のケースと銘打って発売致しました。

(画像出典:ツクモネットショップ TSUKUMOとWindy 究極のコラボケース MT-PRO1220 T-STYLE 登場!!)

【2004年 11月】

Razer、ゲーミングマウス「Diamondback」を発売

スタッフの“ひとこと”まだ明確に「ゲーム用デバイス」と銘打った商品が少なかった時代。高度センサーと軽量な本体、左右対称形状のDiamondbackは瞬く間に大人気となり、ゲーミングマウスというカテゴリそのものを形作りました。現在、大幅にスペックアップした後継モデル「Diamondback 2016」を発売中で、こちらも大人気となっています。

(画像出典:ツクモネットショップ ねぶろ【傑作ゲーミングマウス「Razer Diamondback」が復活!】)

【2004年 11月】

SONY、VAIO TypeXを発売

スタッフの“ひとこと”2000年代初め頃から、カセットデッキに代わりHDD・DVDレコーダーが主流となりつつありましたが、VAIO TypeXは「6つのチャンネルを一週間分まとめて録画」して、後から見たい番組をチョイスするという新しいスタイルを提唱しました。

(画像出典:ソニー製品情報 デスクトップ TypeX)

2003年の出来ごと

【2005年 2月】

ツクモネットショップ、ツンツクモモコのお買い物大作戦を開始

スタッフの“ひとこと”当時、PCパーツ人気を中心として「パソコンは詳しい人だけが楽しめるもの」と評されることが多く、もっと多くの方にその楽しさを知って頂こう、と始まった企画です。当初はツンツクとモモコのみで構成されていましたが、同年12月公開の「大画面液晶編」からアンズが加わって3人体制となりました。現在では、毎週金曜日配信の全国版メールニュース内コラム、及びツイッター(https://twitter.com/tsuntsukumomoko)を中心に活動中です。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2005年 3月】

ツクモネットショップが9周年

スタッフの“ひとこと”ツクモネットショップ9周年記念セールが開催されました。当時人気だった99円セールに加え、新企画「99円バトル」も開催しました。両企画、通算で当選された方は述べ1000名様以上。ここをご覧の方の中にも、当選経験のある方はいらっしゃいますでしょうか?

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2005年 6月】

eX.computerが誕生

スタッフの“ひとこと”それまで、長年「TSシリーズ」の名前でご愛顧頂いたツクモオリジナルパソコンが、eX.computerとなって生まれ変わりました。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2005年 6月】

液晶リフレッシュサービスを開始

スタッフの“ひとこと”市場価格の1/2~3/4程度でパネル交換を行っていました(現在では更にお安くなっています)。安さの秘密は、交換する液晶パネルとバックライトに、同等の新品再生品を利用していること。新品再生品と言っても、もちろん品質は確かなものなのでご安心ください。2016年現在では、『New!液晶リフレッシュ・サービス』として生まれ変わり、ご好評頂いております。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2005年 2月】

YouTubeが誕生

スタッフの“ひとこと”もともとの設立のきっかけは、個人撮影のビデオを皆で共有したいというものでしたが、テレビや市販DVDなどの映像が著作権に違反した形で共有されたり、公式なものとしてプロモーションビデオやCMが配信されたり、映像とともに表示される広告からの収入で生活するYouTuberが現れたりと、様々な状況を経て、現在も世界最大の動画共有サービスとして人気を博しています。

【2005年 2月】

Google、Googleマップベータ版を開始

スタッフの“ひとこと”店舗、施設へのアクセス方法確認や、ルート検索機能、渋滞の確認。立体表示からストリートビュー。最強の地図検索サービスが誕生しました。日本語版の登場は同年7月、ストリートビューの実装は国内では2008年です。なお、地図内のデータは、地域によっては他社からの提供によって作成されています。

【2005年 4月】

個人情報保護法が全面施行

スタッフの“ひとこと”インターネットを中心とした高度情報通信社会の進展に伴い、個人情報の利用が拡大したことで、いかにしてプライバシーを保護するか、その制限や手続き、原則を定めた法律です。施行から時間が経ち、内容の見直しが行われることで、改正法の準備が進められています。

【2005年 6月】

Google、Google Earth3.0をリリース

スタッフの“ひとこと”前身は、Keyhole社のKeyhole Earthviewerで、Keyhole社の買収後、バージョン3.0からGoogle Earthと名称が変更され現在に至ります。地球全域を衛星写真で再現したものですが、大都市など一部では高解像度画像が使用されており、非常に細かい状況まで確認することができます。2016年11月より、VRに対応した「Google Earth VR」が公開され、話題を呼んでいます。

【2005年 8月】

Apple、日本国内でiTunes Music Storeを開始

スタッフの“ひとこと”様々な問題で国内でのスタートに時間がかかりましたが、米国に遅れること2年強、日本でもiTunes Music Storeが開始されました。当時はまだ初代iPhoneも発売されておらず、その名が示す通り、デジタルオーディオプレーヤーであるiPodを対象とした音楽配信だけのサービスでした。

【2005年 4月】

マイクロソフト、WindowsXP Professional x64 Editionを発売

スタッフの“ひとこと”AMDのAthlon64やIntelのPentium4の一部が備えていた64ビット拡張命令に対応してパフォーマンスが向上される64bit版のWindows XPが発売され、秋葉原では深夜販売も行われました。当時、恩恵を受けられるのは一部のユーザーのみだった為、深夜販売にお客様はいらっしゃるのか、と懸念されていましたが、Tsukumo eX.店頭には非常に多くの方にお集まりいただき、カウントダウンやプレゼント抽選会で大変盛り上がりました。

【2005年 9月】

バンダイナムコ、ユニバーサルセンチュリードットネット・ガンダムオンライン(UCGO)の正式サービスを開始

スタッフの“ひとこと”2001年に公式サイトでアナウンスされた際、同一サーバに16万人接続、スペースコロニーや月までフルスケール実装など、あまりにも大きい規模だった為に大きな話題となるとともに、本当に発売されることがあるのだろうかと危惧されていましたが、テストサービスやメンテナンスを繰り返し、大幅に縮小してサービスインとなりました。稼働後も不具合は多発しましたが熱心なプレイヤーも多く、サービス続行を求める声もありましたが、残念ながら2年後となる2007年末、サービス終了となりました。

【2005年 11月】

マイクロソフト、レーザーセンサー搭載マウス「Laser Mouse 6000」を発売

スタッフの“ひとこと”FPSプレイヤーを中心に、より精度が高く、反応のよいゲーミングマウスの必要性が高まる中、従来の光学式センサーにかわるレーザー式センサーを搭載したLaser Mouse 6000が発売され、話題を呼びました。

(画像出典:PCゲーマー待望のレーザーマウスがマイクロソフトから新登場!)

【2005年 12月】

ウィルコム、携帯情報端末「W-ZERO3」を発売

スタッフの“ひとこと”OSにWindows Mobileを採用した大型タッチパネル式液晶搭載PDAですが、その大きな特長はスライドするQWERTY配列のキーボードを内蔵していたこと。携帯がPCに近づいた画期的機種と言われ、発売日には多くのお客様がご来店されました。後に、様々なシリーズ機が発売となります。

(画像出典:ツクモネットショップ)

2006年の出来ごと

【2006年 1月】

ツクモオリジナルオーダーメードPC、AeroStreamが大好評

スタッフの“ひとこと”「安心して長くお使い頂ける高性能PC」をコンセプトとし、マシン内のエアフローに重点を置いて開発された新シリーズ、AeroStream。2017年現在も、ツクモのBTOパソコンのメインとなる柱の一つとして、お客様よりご高評頂いております。ケース前面の防塵フィルターは、水洗い後乾燥させれば再利用が可能です。最近掃除してないな、という方がいらっしゃいましたら、是非一度綺麗にしてエアロをストリームさせてあげてくださいませ。

(画像出典:ツクモネットショップ AeroStream)

【2006年 3月】

秋葉原クロスフィールドが竣工

スタッフの“ひとこと”前年のダイビル竣工に続き、秋葉原UDXが完成し、東京構想2000のガイドラインに基づくIT拠点、秋葉原クロスフィールドが生まれました。以来、秋葉原の顔となっていますが、秋葉原のツクモスタッフはビル間の風の強さに驚き、UDX内の御食事処の充実にとても喜びました。店舗では、税込1万円以上ご購入の方にUDXパーキングが2時間無料となる駐車券を差し上げるサービスを開始しました。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2006年 3月】

ツクモネットショップが10周年

スタッフの“ひとこと”こちらの画像が当時のTOP画面(2006年4月のものです)。このデザインだった期間は長いので、覚えておられるお客様もいらっしゃいますでしょうか。当時は、合計2万円以上のご購入で送料無料となりました。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2006年 4月】

eX.ブランドリムーバブルケースnaked(ネイキッド)が大人気

スタッフの“ひとこと”それまでにも、5インチベイ用のHDDリムーバブルケースはありましたが、基本的に専用カートリッジに入れてからラックに装着する方式を採用していました。この頃より各社からカートリッジ不要なタイプが発売され、ツクモからもeX.ブランドとして登場。一時品薄状態になるなど、爆発的人気となりました。こちらの特集ページに掲載したアニメーションgifは、仕組みがとてもわかりやすいとご高評頂いたものです。

(画像出典:ツクモネットショップ eX.ブランド リムーバブルケース)

【2006年 5月】

インテルベンチマークコンテスト2006を開催

スタッフの“ひとこと”インテルCPU搭載PCをお持ちで、eX.カード会員及びツクモネットショップWEB会員にご登録済みの方ならどなたでもご参加頂ける、3DMark06を使用したベンチマークコンテストを開催。優勝者には、なんと50,000ポイントが贈呈されました。また、上位50名様にはeX.Awardプレミアカードをお贈りしました。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2006年 9月】

ツクモオリジナル17インチ液晶モニタ、eX.vision EXV179を発売

スタッフの“ひとこと”リムーバブルラックや電源など、品質の高いオリジナル商品をラインナップしてご高評頂いておりましたeX.ブランドから、17インチTFT液晶モニタが登場しました。安価ながらDVI端子とD-SUB15ピンの両系統入力、豊富な調整機能、ステレオスピーカーやケンジントンロックも搭載。その後、後継機や19インチモデルなども発売させて頂きました。ツクモ社内でも未だに現役で使用してしているスタッフが多くおりますとてもよくできたシリーズでした。

(画像出典:ツクモネットショップ DVI端子を搭載したお買い得!17インチTFT液晶が登場 eX.Vision EXV179)

【2006年 12月】

FONソーシャルルーター「La Fonera」の取り扱いを開始

スタッフの“ひとこと”世界最大のグローバルWi-Fiコミュニティ、FON。自宅にFON専用無線LANルーターを設置して、それを他のFONユーザーと共用利用することを許可する代わりに、世界中のFONアクセスポイントを無料で利用できる画期的なシステムでした。当時、まだ公共のWi-Fiアクセスポイントの整備はあまり進んでいなかった為、専用ルーターが低価格だったのとあわせて大人気のサービスとなりました。

(画像出典:ツクモネットショップ FONルーター La Fonera)

【2006年 1月】

JR東日本、モバイルSuicaサービスを開始

スタッフの“ひとこと”昨年、iPhone7やApple Watchシリーズでも対応となったモバイルSuica。カード型だったSuicaが携帯やスマートフォンに組み込まれたことにより、大きく利便性が高まりました。利用履歴や残高照会などもあわせて利用可能、ポイントの付与やSuicaチャージなども行え、何よりも「携帯は必ず持っているもの」である為、多くの方がモバイルSuicaサービスの登場を歓迎しました。

【2006年 2月】

低価格なヘッドマウントディスプレイが注目される

スタッフの“ひとこと”HMD自体はそれ以前から商品化されていましたが、実用的なスペックで、手の届く価格帯のものがラインナップされつつあったのがこの時期です。接続するのは、DVDプレーヤー・ゲーム機・携帯電話などで、解像度は640×480ドット程度のものが大半でした。一般的に普及したとは言い難く、当時ツクモネットショップのスタッフが身につけて電車に乗ってみたところ、周りの視線が痛かったそうです。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2006年 4月】

ワンセグが開始

スタッフの“ひとこと”家庭用地上デジタル放送波のうち1セグメントを利用して送信されるワンセグ。当初は地デジと同じ放送を流すことが義務付けられていましたが、後に放送法の改正で独自の番組を流すことができるようになりました。東日本大震災などの大規模災害時は、停電などで多くの固定テレビが利用できなくなりましたが、その代替として最新の情報を提供しました。

【2006年 7月】

Intel、新CPU Core 2シリーズを発表

スタッフの“ひとこと”Pentium Dシリーズと比較して処理性能は大幅アップ、消費電力は大幅ダウンとなった大人気CPUです。コア数の違いなどで、Core 2 Duo、Core 2 Quad、Core 2 Extremeなどのラインナップがありました。

(画像出典:ツクモネットショップ Intel 新CPU Core 2 シリーズ 好評発売中!!)

【2006年 10月】

携帯電話番号ポータビリティが開始

スタッフの“ひとこと”通称MNP(Mobile Number Portability)。それまでは、携帯キャリアを変更する際、電話番号が新しくなるのは常識で、その度に電子メールなどを利用して、知人に電話番号が変わる旨を連絡する必要があった為、キャリアを変更する大きな障害となっていました。しかし、MNPが可能になったことで、キャリア同士のユーザー数獲得競争は激化し、MNPでの契約にキャッシュバックをつけるといった施策が生まれました。

【2006年 12月】

任天堂、据え置き型家庭用ゲーム機Wiiを発売

スタッフの“ひとこと”Wiiといえば、やはり当時としてはまだ珍しかった、モーションセンサーを内蔵したWiiリモコン。画面に向かって直感的に、上下左右へリモコンを振ることで行う数々のコマンド操作はまさに革命で、全く新しいゲームプレイをもたらしました。また、Wii Fitに代表される「健康を管理できるゲーム」も大きな話題となり、本体の売上は全世界で1億台を超えるという大ヒットゲーム機となりました。

【2006年 12月】

Panasonic、国内初のPLCアダプタBL-PA100を発売

スタッフの“ひとこと”PLCは「電力線搬送通信」とも呼ばれます。家庭内の既存のコンセントにアダプタを差し込むことで、電力線を通信回線として利用するもので、宅内LANを構築する際の「LANケーブルを這わす」問題を解決するものとして注目されました。しかし、電波法の問題、漏洩する電波による業務用無線などに対する電波障害の問題、混信の問題や家電への影響などが懸念され、また無線LANの性能が飛躍的にアップしたことなどからあまり普及しませんでした。

【2006年 7月】

Twitterが開始

スタッフの“ひとこと”英語でツイッターの投稿を表すTweetは「さえずり、無駄話」。日本では「つぶやき」と訳されます。140文字の短文投稿によるゆるい繋がりは、広義でのSNSに含まれるとされています。日本でのサービス開始は翌々年2008年4月ですが、特に日本で大人気のサービスとなり、現在も多くの方が利用しています。ツクモネットショップを含めたツクモ各店にもアカウントがございます(https://twitter.com/Tsukumo_netshop/lists/tsukumo/members)ので、セール情報のチェックなどに是非お役立て下さい。

【2006年 12月】

ニコニコ動画が開始

スタッフの“ひとこと”再生中の動画画面内に、リアルタイムで投稿されたコメントを流すことのできるニコニコ動画は、動画閲覧者同士の交流に大きな影響を与えました。サービス開始直後から大反響となり、現在でも動画共有コミュニティとして欠かせない存在となっています。後に、ニコニコ生放送やニコニコ静画など、派生サービスも公開され人気を博しています。

2007年の出来ごと

【2007年 2月】

eX.NICOS VISAカードが登場

スタッフの“ひとこと”NICOS、及びVISAのクレジット機能がついた新しいeX.ポイントカードが誕生しました。デビュー記念入会キャンペーンとして、1000ポイントをプレゼントする先行入会を受け付け致しました。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2007年 3月】

eX.computer、AeroStreamから省スペースモデルAeroSlimが誕生

スタッフの“ひとこと”AeroStreamの特長である着脱式の防塵フィルタを受け継ぎながら、机上に置いても邪魔にならない省スペースを実現したAeroSlimの登場です。税込49,800円からというお求めやすい価格と日本の住宅事情もあり、多くのお客様からご指名頂きました。ケースの変更とともに高性能化した後継モデルが、現在も大好評販売中(http://www.tsukumo.co.jp/bto/pc/aeroslim/)です。

(画像出典:ツクモネットショップ eX.computer AeroSlim)

【2007年 4月】

ツクモ梅田店がオープン

スタッフの“ひとこと”阪急・阪神・地下鉄御堂筋線の梅田駅より徒歩3分、ホテルなどが多く立ち並ぶ賑わう街にツクモ梅田店がオープンしました。パソコン本体とPCパーツを中心とした品揃えで、プレゼントや大抽選会などのオープニングイベントには大変多くのお客様にご来店頂きました。スタッフとのじゃんけんに勝ったらおでん缶を一つプレゼント、というイベントもあったとか・・・?

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2007年 7月】

ツクモ町田店がオープン

スタッフの“ひとこと”小田急線・JR横浜線町田駅から徒歩5分の位置に、ツクモ町田店がオープンしました。東京の西部地区には初出店となります。オープン記念セールには、土地柄か若い方からご家族連れまで、多くのお客様にご来店頂きました。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2007年 8月】

eX.computer、AeroStreamからミニサイズモデルAeroMiniが誕生

スタッフの“ひとこと”縦幅はDVDトールケース1個分、奥行きはDVDケース2個分という超小型ケースにデスクトップ用CPUを搭載。お求めやすい価格と省スペースボディで、デスクトップに気軽に置けるパソコンとして大変ご高評頂きました。現在も高性能化した後継機を販売中(http://www.tsukumo.co.jp/bto/pc/aeromini/)です。

(画像出典:ツクモネットショップ eX.computer AeroMini)

【2007年 12月】

ツクモオリジナル液晶保護フィルム、eX.filterを発売

スタッフの“ひとこと”サイズは22インチワイドと24インチワイド用の2種類で、表面は光沢処理。液晶専用クロス、ホコリ取りテープと、気泡を押し出す専用のマジックシャベルを付属していました。未だ貼ってあるお客様もいらっしゃいますでしょうか・・・?

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2007年 1月】

マイクロソフト、Windows Vista製品版を発売

スタッフの“ひとこと”秋葉原、札幌、名古屋、大阪の各地で深夜販売が行われ、過去最大規模となりました。秋葉原のツクモeX.にはスペシャルゲストとしてMicrosoftのジェイ・ジェイミソンWindows本部長とIntelのロビー・スウィヌン共同社長にお越しいただいた他、レースクイーン「ツクモVistaガールズ」や、何故かボディビルダー「ツクモUltimate Brothers」まで登場しパフォーマンスを披露して頂きました。一説には、当時のツクモ担当者の趣味だったとか・・・

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2007年 3月】

NTTドコモ、ポケベルサービスを終了

スタッフの“ひとこと”無線呼び出しシステム、クイックキャストが開始されたのは、実に1968年。日本初のポケベルは、未来技術遺産に登録されています。かつてポケベルは一世を風靡し、1996年には約649万契約に達しましたが、携帯電話の普及で契約数は激減。2005年時点で約29万契約まで落ち込んでいた為、惜しまれつつサービス終了となりました。

【2007年 8月】

クリプトン・フューチャー・メディア、ボーカル音源ソフト キャラクター・ボーカル・シリーズ 01 初音ミクを発売

スタッフの“ひとこと”最近では、VRソフトへのいち早い対応でも話題となった初音ミクは、初代VOCALOIDから4年、大幅にパワーアップしてVOCALOID2となって誕生しました。8月31日の発売でしたが、その4日後には既にネギを振り回していた初音ミク。発売直後から大ブレイクして、現在に至ります。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2007年 9月】

Microsoft、Windows Home Serverを発売

スタッフの“ひとこと”当日、秋葉原のツクモeX.では深夜販売を行いましたが、家庭向けとはいえ、サーバ用OSで深夜販売を行ったのは初の試みになります。製品は英語版のみであったにも関わらず、店頭には長い行列ができ、ロゴ入り看板の除幕式は大いに盛り上がりました。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2007年 10月】

Apple、Mac OS X 10.5 Leopardを発売

スタッフの“ひとこと”多くの新機能の中でも注目を集めたのは、Windowsを実行できるBoot Camp。一般的に使われている32bit版Windows XPとWindows Vistaをサポートしていて、マルチプロセッサやグラフィックス、USBやネットワーク機能などをWindows PCと同じように利用することが可能でした。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2007年 5月】

Googleストリートビューが開始

スタッフの“ひとこと”当初は、アメリカのごく限られた地域のみでしたが、現在は世界各国、主要な施設内や離島に至るまで詳細に確認することができ、行ったことのない場所をお出かけ前にチェックしたり、故郷や昔住んでいた場所の現在を散歩気分で眺めたりできるなど、大変便利なサービスです。しかし一方、パノラマで走りながら撮影された画像の中には、プライバシーを侵害するような映像も多く含まれていたため訴訟にもなりました。基本的に、ナンバープレートや人物の顔には自動認識するプログラムによりボカシ処理が入れられています。

【2007年 10月】

緊急地震速報の一般提供が開始

スタッフの“ひとこと”全国約270箇所の地震計と約800箇所の地震観測網で、地震が発生した際に先に到達する小さな揺れ(P波)を観測。続けて来る大きな揺れ(S波)の規模や、震源地などをいち早く知らせる緊急地震速報は世界でも初めての試みでした。テレビやラジオ、携帯電話への通知はもちろんのこと、運行中の電車を安全に停止させるなど、大きな役目を果たす、地震大国日本で生活する上でとても重要なサービスとなっています。

2008年の出来ごと

”顧問に聞いてみた” 第4回 2008年 iPhoneが与えた影響を振り返って

株式会社Project White顧問 鈴木淳一

パソコンの中の、それも個人の使われ方の何割かは、ネットとメールが使えれば、その為にあるものであればパソコンの形をしていなくても良いという時代に変わっていきました。タブレットやスマートフォンに変わった理由は、ハードが進化しただけではなくて、回線が速くなったというのが一番の理由でしょう。それこそ、黎明期から考えれば、今の回線速度は何万倍という数値。ネットワーク業界にとっても、大きなインパクトがあります。

ただ、コンシューマとしてはタブレットやスマートフォン、我々が仕事で使う分にはキーボードのついたパソコンの方が使い勝手がいいわけです。パソコンを電子計算機として使う。つまり、もともとパソコンが何でも屋だったのが、主たる機能を分化させてきている。それが、今我々がいる時代であると言えます。そのきっかけが、iPhoneだったと思います。そして、もちろんスマートフォンの性能も良くなり、CPUの速度も上がってきたけれども、やはり回線速度が上がったことが大きいのではないかと。

次回は、『最終回 今後のツクモインターネットショップに求めるもの』 を掲載予定です!

【2008年 1月】

台湾TOPOWER製ハイエンド電源「Silent Black JAPAN」の高品位モデルをツクモオリジナルeX.電源として国内独占販売

スタッフの“ひとこと”TOPOWER製ハイエンド電源を日本製105度電解コンデンサと個体コンデンサの採用で更にパワーアップ。より安定性を高めたオリジナル電源として発売しました。

(画像出典:ツクモネットショップ ツクモオリジナル電源のニューフェイス!「SILENT BLACK JAPAN」)

【2008年 3月】

Windows Vista Ultimate SP1 Σのツクモ限定パッケージ、ツクモ缶を発売

スタッフの“ひとこと”Windows Vista DSP版がSP1適用版となって登場した際、Σというおまけ盛りだくさんの限定パッケージを発売しましたが、ツクモでは全店限定300缶の缶入り独自パッケージ「ツクモ缶」として販売。缶のおまけとしてマウスやゲイツくんピンズ、限定チョロQが追加された他、缶の裏ぶたに金のゲイツくんが出たら合計10名様に豪華賞品をプレゼントさせて頂きました。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2008年 7月】

ツクモネットショップ限定、ウインドウズ ビスタBOXを発売

スタッフの“ひとこと”Windows Vista Ultimate Service Pack1 32bitにマウス、マイクロソフトフライトシミュレータのトライアル版、オリジナルストラップ、超小型折りたたみ傘などのおまけがついたスペシャルパックを100本限定で発売致しました。今見てもすごいパッケージです・・・。

(画像出典:ツクモネットショップ)

【2008年 8月】

ツクモ ロボット博覧会 in 秋葉原 万世 2008を開催

スタッフの“ひとこと”秋葉原の肉の万世7F及び8Fにおいて、ツクモ ロボット博覧会を開催致しました。ロボットキット組み立て教室から、ROBO-ONE認定のロボットバトル大会やロボットアスリート大会、操縦体験をお楽しみ頂くことができ、非常に多くの親子連れのお客様にお越しいただきました。

(画像出典:ツクモネットショップ )

【2008年 9月】

雑誌連動企画 「長~く使える」1台を作る 掲載

スタッフの“ひとこと”日経WinPC臨時増刊「パソコンの自作」とツクモがコラボ。編集部が分析した、長期に渡って現役で使える「3年たっても快適パソコン」、費用の掛からない「3年頑張れる格安パソコン」の構成パーツをご紹介。紙面を見ながら自作を楽しんで頂ける連動企画でした。

(画像出典:ツクモネットショップ )

【2008年 7月】

Apple、日本国内でiPhone 3Gを発売

スタッフの“ひとこと”初代iPhoneは前年、2007年6月にアメリカで発売されましたが、通信方式の違いなどの理由から、日本では見送られていた為、国内の最初のiPhoneはこちらのiPhone 3Gからということになります。また、キャリアはソフトバンク一社でした。この頃はまだ、「一般的な携帯電話」=「ガラケー」であり、スマートフォンがこれほど普及すると予測していた人は少なかったはずです。

【2008年 2月】

Netscapeブラウザの開発・サポートが終了

スタッフの“ひとこと”かつてInternetExplorerと激しいシェア争いを繰り広げたNetscapeですが、バージョン6以降シェアを大きくIEに奪われ、遂に終焉の時を迎えました。実は、前年公開された最終バージョンであるNetscape Navigator 9でも、日本語版は公開されませんでした。当時AOLはFirefoxへの移行を推奨しています。

【2008年 2月】

超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)が打ち上げ

スタッフの“ひとこと”高速なインターネットが行き届かない地域の為、また災害時など地上設備に問題が生じた際の緊急的な通信の確保が大きな目的の一つ。通信速度は一般的な家庭用アンテナを設置した場合で下り155Mbps。後に当時世界最高速である3.2Gbpsの衛生伝送に成功します。実際に、東日本大震災の折には災害対策支援として、岩手県庁、釜石市、大船渡市の間にブロードバンド環境を提供し、復興支援に大きく寄与しました。

【2008年 3月】

NTT東日本およびNTT西日本、フレッツ光ネクストを提供開始

スタッフの“ひとこと”Bフレッツはベストエフォート型だった為、しばしば通信品質が安定しませんでしたが、帯域確保型アプリケーションサービス(QoS)が採用されたフレッツ光ネクストではより安定性が確保され、高速化やセキュリティの向上も行われました。

【2008年 4月】

Google、YouTubeで広告収益を得られるパートナープログラムを日本国内で開始

スタッフの“ひとこと”前年より、アメリカなど一部の国で始まっていたYouTubeへの投稿とそれに伴う広告閲覧やクリックで収益を得る、パートナープログラムが日本でも開始されました。アメリカで開始された当初は、選ばれたいわゆるプロのみに適用されていた制度でしたが、その後一般にも開放されていきました。

【2008年 9月】

Dropboxが正式サービスを開始

スタッフの“ひとこと”複数パソコンでのファイル共有として、バックアップとして。様々な用途に便利に使え、現在では多くの種類があるオンラインストレージサービスですが、Dropboxはその代表格の一つと言えます。専用フォルダにドラッグ&ドロップするだけでデータの同期を行えるという手軽さで人気となりました。

【2008年 12月】

Google、Google Chromeの正式版を公開

スタッフの“ひとこと”2016年現在、世界のWEBブラウザシェアでトップのGoogle Chrome。初版の公開は2008年と、InternetExplorerやFirefoxと比較してかなり後発でしたが、同年以降急速にシェア拡大しました。2008年は、奇しくも一時圧倒的シェアを誇ったNetscapeのサポートが終了した年でもあります。

店ちょのお話

  • ツンツク

    今日はツクモの20年前よりもっと昔をご存知の、元マイコンレディスタッフの方にお話をお聞きしますニャ。よろしくお願いいたしますニャ!

  • よろしくお願いします。

    店ちょ
  • アンズ

    まず、入社された時期ときっかけを教えて頂けますでしょうか。

  • 1983年ですね。マイコンレディの2期生として入社しました。女性だけで言うと、1期生が10人、2期生が6人かな? もちろん、他に男性も入社されましたが。当時はすごく就職難で、とらばーゆで就職先を探していた時見つけたんです。1期生の方々からのメッセージで「私達の後に続きませんか?」と。その言葉に惹かれて入社しました。

    (画像出典:I/O(アイオー) 1982年6月号)

    店ちょ
  • ツンツク

    1983年と言いますと、まだマイコンは珍しいものだった時期だと思いますニャ。マイコンレディの皆さんは、入社前に扱った経験はおありでしたんでしょうかニャ?

  • 1期生で理系の学校に行っていたのが2人くらいで、あとは私たち2期生を含め全員文系。私は電子系の専門学校で、必修科目に「マイコン」の授業があったので、少しだけ触ったことがありました。しかし、みんなほぼ素人同然です。
    だから毎日が勉強でしたよ。わからないことはどんどんメモをとって、互いに教えあって。あくまで店頭に立つのはマイコンレディでしたけど、技術的なことやサポートは詳しい男性社員に訊いたり、メーカーに勉強会を開いてもらったりしていました。

    店ちょ
  • アンズ

    お店は今のパソコン本店II、当時は、7号店でしたでしょうか?

  • そうです。ホビー向けやビジネス向けからAppleまで、マイコン全般を扱っていました。だから本当に覚えることが多かったんです。
    私が入社した年は、第一次マイコンブームだったんですよ。富士通からFM-7というマシンが発売されたんですけど、これが129,800円。それまでのマイコンは20万円を切ることが無かったので、大ヒットになったんです。土日なんか次から次へと飛ぶように売れていくので、みんな忙しくて、教えてもらうヒマもない。だから、新入研修で「ゲームをやっておいて」と言われました。

    店ちょ
  • モモコ

    新入社員研修でゲーム!?

  • そう。当時はマイコンで何をしよう、という目的をはっきり持ったお客様はまだ少なくて、とりあえずマイコンというものを買いに来た、という方が多かったんです。
    当時ツクモでは、オリジナルゲームソフトを発売していたので、そのゲームソフトを、本体&モニタセットでお買上げの方に5本プレゼント、というようなことを行っていたんです。買ったらゲームでもしてみましょうかと。でも、そこでご説明する為には、どれがどんなゲームかを知らないといけない。だから、お客様に説明できるようにゲームの内容を知っておいて欲しいということだったようです。麻雀もこれで覚えたんですよ(笑)その頃発売された、ツクモオリジナルのジョイスティックの使い心地も試してみたりしてました。

    (画像出典:I/O(アイオー) 1982年6月号)

    店ちょ
  • アンズ

    それはやはり、実習用のマイコンがあって・・・ということですか?

  • あるにはあったんですけど。。。この時期はとにかくマイコンが凄い勢いで売れていたので、実習用として用意するのももったいないくらいで。在庫が足りなかったんです。なので、大勢で共用していましたね。

    店ちょ
  • モモコ

    すごーく忙しそう・・・

  • 研修後、店舗に配属になったのですが、土日は休憩時間も取れなかったですよ。ご飯を食べに行く時間が無いんです。だから、気を利かせて店長(男性)が、秋葉原デパート(現アトレ秋葉原1)でおにぎりをたくさん買ってきてくれて、お客様からの隠れたちょっとしたスペースがあるんですけど、手が空いた人は、僅かな時間でそこで食べて、また接客。っていう感じでした。

    店ちょ
  • アンズ

    実際の販売はどういう感じに行ってたんですか?

  • さっき話したFM-7とか、PC-8001mkIIとか、パソピア7とか、よく売れるセットがありますよね。広告にも、こういうセットで販売しています、って載せていたんだけど。
    マイコン本体と、モニターと、データレコーダー・・・これはテープのソフトを読み込むハードウェアね。これらを一纏めにして、朝出勤したら、開店前にあらかじめ、できる限り梱包しておくわけです。それをお店に積んでおいて、お買上げのお客様にどんどんお渡しするという感じでしたね。まだ本体にもモニターにも、そんなに種類が無いので、こういう形が効率的だったんですね。

    (画像出典:I/O(アイオー) 1982年8月号)

    店ちょ
  • ツンツク

    懐かしい本体ですニャー!

  • 他には、MSXがその頃に出始めましたね。あれこそ、カセットを挿すところがあって、ほぼゲーム機でしたから、お客様からどのゲームが面白いの? って。MSX担当スタッフがコナミの「けっきょく南極大冒険」をイチ押ししていたので、みんなでお薦めしまくりましたね。あのゲームは本当にたくさん仕入れて、たくさん販売しました。
    あの頃、本体というのはほとんど指名買いで、これ以外に何を買えばいいの? というお客様が多かったから、周辺機器やソフトの知識を中心に勉強しましたね。

    店ちょ
  • モモコ

    どうやって勉強したのか知りたいです! 全然頭に入ってこなくて・・・

  • 周辺機器と言っても色々なジャンルがあるし、みんな本当に素人だったので、まず担当を割り振りました。本体担当、ゲーム担当、ケーブルの担当、とかね。で、ケーブル担当が端子の絵を書いて、これは何というケーブルでしょう、みたいな筆記試験を作って、それをみんなで解いたりしていました。
    今みたいに、ネットで調べれば出てくるなんてことも無いし、メーカーのカタログや、勉強会や接客内容などから自分でメモって作ったマニュアルの手帳だけが頼りでしたね。

    店ちょ
  • アンズ

    実際に販売しながらの勉強だったわけですね・・・。

  • それと、当時は自分でプログラミングをする、打ち込んで動かす、っていう楽しみ方をするお客様も多かったんですよね。ベーマガやIOで掲載されているプログラムを。なので、スタッフ側も勉強しないと、ということになって、合間を見つけてみんなでBASICのプログラミングなんかもしましたよ。IF文とか使って、簡単なゲームを作ってみたり。

    店ちょ
  • ツンツク

    凄い向上心ですニャー! どうやっていたんですかニャ?

  • 接客の合間に展示機を使ってプログラムを打ち込んでました。どういう風にしたらどういう風に動く、という基本がわかっていないと、お客様からお問い合わせがあった時に答えられませんからね。

    店ちょ
  • アンズ

    マイコンレディというのは、当時のツクモの、いわゆる戦略だったわけですよね。お客様の反応というのはいかがだったんですか? 女性が店員であるということに対して。

  • オープンした時には、新聞に取り上げられていたような気がするのですが、当時は情報源が紙媒体しかなくて、実際にはあまり知られていなかったのではないのでしょうか?
    私が入社したころから、雑誌(I/O、ベーマガ、ASCII、LOGiNなど)の広告に女性スタッフの集合写真を掲載してアピールはしていましたけど。
    女性スタッフなので、お客様が色々と教えてくださるんです。この前買ったあれ、こんな感じだったよー、みたいな。

    (画像出典:I/O(アイオー) 1982年8月号)

    店ちょ
  • モモコ

    お客様の方が詳しいんだ!

  • そうそう。周辺機器とかゲームとか、細かなものを除いて、主要なハードについてはとことん調べてからいらっしゃって、指名買いというのが多かったですね。
    高いもの・・・例えば、PC-9801にモニタ、ソフト、プリンタ、8インチフロッピードライブとなってくると、100万円近かったですからね。バッチリ調べて、現金をお持ちになって。

    (画像出典:I/O(アイオー) 1982年8月号)

    店ちょ
  • アンズ

    現金でのご購入なんですか!?

  • まだクレジットカードでのお支払いはほとんど無い時代でしたね。一部ショッピングローンはありましたけど。
    お客様がカバンから帯の付いた札束を取り出して、そこから2枚抜いて、じゃあ98万円で、みたいな時代でしたよ。

    店ちょ
  • ツンツク

    当時の秋葉原において、ツクモはどういう立ち位置のお店だったんですかニャ?

  • そもそも、まだ秋葉原にマイコンの専門店、みたいなお店は少なかったですよ。ツクモも元は無線のお店ですしね。いわゆる”家電の街”でした。マイコンを扱っているお店でも、家電コーナーの一区画にちょっと置いてあったりね。
    本気でマイコンを扱ってみよう、みたいなお店は、どちらかというと路地裏の個人店なんかで、店主さんが個人的に興味をもって、仕入れてみて、という所が多かったみたいです。秋葉原が、というのではなくて、新宿とか渋谷とか池袋とか、そういう所にもあったみたい。だから、マイコンレディのお店という以前に、マイコン専門店です、という時点で珍しかったですよね。

    (画像出典:I/O(アイオー) 1982年6月号)

    店ちょ
  • アンズ

    そして、先程のお話にもあった、マイコン本体が20万円を切った頃に人気が爆発したと。

  • そう、あれが転機でしたね。あとは、MSXかな。そこら辺で、初めてマイコンを買います、セット買い、というお客様がどっと増えました。
    でも、マイコンでこんなことがしたい、という明確なビジョンを初めからお持ちの方は少なくて、とりあえずマイコンを買うぞ、という方が多い。
    で、何かできることない? と訊かれれば、ゲームができますよ、ということで、ツクモオリジナルのゲームをセットにしていたわけです。他のお店ではゲームが無い所が多かったから、これがツクモの強みの一つだったでしょうね。

    (画像出典:月刊ASCII 1983年11月号)

    店ちょ
  • ツンツク

    そういうお客様がそこをとっかかりに、プログラミングを楽しむ方に行かれたり、ということなんですニャ。

  • そうですね。そういう方が常連のお客様になったり。ただ、当時は商品サイクルが長いですからね。本体にしても、周辺機器にしても。中古市場なんかも無いし、主要なハードの買い替えというのは、現在と比べるとほとんど無い。再来店されるのは、新しいソフト狙いだとか、一部の周辺機器だとか、最近何か無い?という感じが多かったですね。
    7号店ではAppleの商品も扱ってたけど、まだ漢字にも対応してなくて、どちらかというと、海外製のゲームを楽しみたいというお客様が多かったかな。ウィザードリィなんかも、まだ日本語版は発売されてませんでしたから。
    そういえば、7号店がテレビドラマの舞台になったのは知ってますか?

    店ちょ
  • モモコ

    ド、ドラマ!?

  • TBSでやった「親にはナイショで・・・」っていう、安田成美さんが主演のドラマ。当時の世相を映すっていう話で、舞台が秋葉原、女性店員がパソコンを販売するお店、つまり7号店だったんです。現在で言うところの、パソコン本店II地下で撮影をしてました。原田芳雄さんが店長役でね。ドラマの内容的には、不倫の話があったり、あまりイメージのいいものではなかったみたいですけどね(笑)

    店ちょ
  • ツンツク

    それは初めて知りましたニャー。マイコンレディは、それくらい話題性のあるものだったということですニャ。

  • そうですね。パソコンの展示品なんかも、そのまま使って撮影していましたね。

    店ちょ
  • モモコ

    なるほど。7号店時代のお話はよくわかりました。実店舗とネットショップの違いっていうのもあるんですか?

  • うーん・・・あくまで店員としての視点で言えば、商品のご提案の方法が違いますよね。熟練した店員なら、やっぱり実店舗でお客様と実際にお話をしながら、という方が接客しやすいと思います。お客様の表情が拝見できますからね。

    店ちょ
  • アンズ

    なるほど。ネットでの販売では、お客様の温度がわかりにくいと。

  • そうです。どのくらいその商品を欲してらっしゃるのか、もしくは代替商品でもいいのか。お話をしている間に伝わってくる情報はたくさんありますよね。あとは、再来店のお客様に、先日はありがとうございます、その後あの製品の調子はいかがですか? というようなアフターケア。
    もちろん、そういったアクションの重要性はネットでも論じられてるし、一生懸命データを取ろうとしています。けど、やっぱりネットと実店舗ではやりやすさが異なりますね。
    ただ、その辺もお客様によっては、もっとあっさりした対応にして欲しいという方もたくさんいらっしゃって、そこが実店舗とネットの住み分けの一要因になっているようにも思います。

    店ちょ
  • ツンツク

    それでは、また少し遡りますが、ネットショップ立ち上げ当初のお話をお聞かせ願えますかニャ?

  • 当時、私は実際には隣の広告部だったんですが、それまでは電話通販しか無かったところに、新しくネット通信を使ったショップを立ち上げるということになって、売上数字などを見る人間が必要になったので、兼任で見ていた形ですね。当初のネットショップは、販売という側面よりも、九十九電機の店舗のご紹介だったり、広告的な部分が多かったので、広告部の隣にあったんでしょう。
    一部ページで、ショッピングコーナーとして商品をご紹介してましたが、本格的なショッピングシステムはまだありませんでしたし、こんな商品が旬です、というご紹介的なページでしたね。

    店ちょ
  • モモコ

    インターネットショップの前に、ニフティにショップがあったんですよね?

  • そうです。年表でもあった通り、インターネットの前にニフティサーブでショップを立ち上げました。まだわかる人間もほとんどいなかった状態だったので、関係するスタッフに、ニフティのIDを配って、メールの送受信をしてみる辺りから。7号店の際にもあった、まず慣れよう、というやつですね。
    その後実働は専任スタッフに任せていたけど、取引先との打ち合わせには私も行ったりしていました。そうして、インターネットショップの売上が拡大して、専門に店長がついて・・・という感じですね。

    (画像出典:デジタル99マガジンvol5 103P)

    店ちょ
  • ツンツク

    売上が拡大していったきっかけというのは何だったとお思いですかニャ?

  • いくつかあると思いますが、やはり日本総研のスマートショッピングに参画して、SETで安全にカード決済ができるようになったのは大きかったと思います。
    それまでは、遠隔地の方にカード決済して頂くには、お電話でカード番号をお聞きしないといけなかったわけです。今では考えられません。インターネットも普及していなくて、通信を使った不正もまだほとんど無かった時代だからこそですね。ある意味大らかでしたよね。

    店ちょ
  • アンズ

    では、最後になりますが、現在のネットショップについてと、今後ネットショップはこうあるべき、というお考えはありますか?

  • これは、7号店でツクモオリジナルゲームをつけて販売していた、というところに繋がってくるんですが、やはりオリジナリティを打ち出したいと思いますね。

    店ちょ
  • モモコ

    商品を、っていうことですか?

  • それもそうだし、仕組みとしても。店舗での対面販売だと、店員一人一人のオリジナリティが出せますよね。ネットショップではそれが見えにくいから、お客様からしたら、どこで買っても同じだな、となってしまいがち。お店として、それではいけませんよね。
    あとは、もっと商品に近い視点でのお店づくりが必要だと思っています。ネットショップでは、商品が目の前にある状態で販売しているわけでは無いので、例えば、どういうニーズが多いのか、どういう商品にどういうお問い合わせが多いのか、在庫が少なくなったら、それをどのくらい追加で仕入れるべきなのかというようなことを、お店で販売している時よりも肌で感じにくいんです。それらはクリアしなければいけない重要な課題だと思っています。
    ただ、逆に店頭とネットショップを切り離して考えなければならないこともあるんです。同じ考え方でやろうとすると失敗する面もあります。そこには充分注意しなければならないですね。

    (画像出典:デジタル99マガジンvol5 8P)

    店ちょ
  • アンズ

    ツクモネットショップの強みである、各種商品の特集ページに関してはいかがですか?

  • お陰様で、googleの検索結果などでも上位にあるページが多くて、たくさんの方に見て頂いているんだ、というのは実感しています。本当にありがとうございます。
    新規格や新商品が出ると、徹底的に調べて詳しい解説ページを旬のうちに公開することを心がけているのですが、ある程度時間が経って、その規格や商品が市場に浸透して、一般のお客様がその事について調べる為に検索してうちの特集ページに来られた頃には、掲載している商品が陳腐化していることがあるんです。せっかくお越しいただいたのに、掲載している商品がもう完売、ではよくありません。
    これは優先的に改善して、専任のスタッフを置いて、過去に公開した特集ページでも、来訪者数が多いものは掲載商品をできるだけ最新のものに保つように指示していますね。新しいものも勿論重要ですが、それだけを追いかけていればいいわけではないんです。

    店ちょ
  • ツンツク

    よくわかりました。本日はありがとうございましたですニャ!
    しかし、第二期マイコンレディとしてお話を伺っていたはずなんですけど、最後の方では随分ネットショップにお詳しいようにお見受けしましたのニャ。現在はどちらの部署でニャにを・・・?

  • ハハハ、それはナイショでーす! それじゃ、おつかれさまでしたー!

    店ちょ
  • ツンツク

    え、あ、はい、お疲れ様ですニャ! ありがとうございましたニャー???

”顧問に聞いてみた” 最終回 今後のツクモインターネットショップに求めるもの

株式会社Project White顧問 鈴木淳一

やっぱり買いやすさの追求でしょうね。品揃えが多いとか、価格が安いとかいうのが話題に上るけれども、品揃えが多いというのは不良在庫も多くなるということになるから、商売としてはどうなのか。価格に関しても、全てが安いということは無い。それよりもやはり、利便性でしょう。買い物をしやすいこと。

あとは、いくら進化しても、物を売るとか製造するっていうのは、全てがオープンで平等ではないわけです。例えば、ユニクロのフリースはユニクロでしか買えず、イトーヨーカドーでは買えないわけで。ユニクロのWEBページでは買えるけども、それ以外のどのサイトに行っても買えない。インターネットだからどこに行っても同じように買えるというのは間違いですよね。

また、近所の有名店の宅配を頼むっていうのが流行っているけれども、本来はそれを何もAmazonで頼む必要はなくて、それこそサイトの規模としては100分の1、1000分の1の規模の近所のレストランのWEBページで注文して料理を運んで貰ったりできるんです。サイトという意味では同じなのだから、大手を使う必要はない。ではなんで大きなところで買うかと言ったら、そこの方が便利だからなんです。

我々も、幅広い品揃えはヤマダ電機さんがやってくれてるわけで、ツクモとしては、ツクモが強い領域、PCパーツであったり、BTOであったり、そういったものを深く掘り下げ、また拡大していかなければならない。そういったものに関しては、他のサイトよりも品揃えが広くて深くて、買いやすい。値段もリーズナブルだと。それをどこまで追求できるか、というのが我々の使命ですよね。

他の大きなサイトを見ても、メーカーが提供していないマザーボードやVGAのスペックというものは載っていないわけです。自作しようと思ったら、VGAの長さ、買ったらケースに入らないというようなことは本当に頻繁に起きるわけで、うちの場合はそのサイズも実際に箱から出して測って、このケースなら入るというのを確認しているわけです。それを確認しないで売って、入らない。それはお客様の責任ですって、そんなものは利便性ではないわけで。交換保証で相性にも対応したり、そこまでやっているのが我々なのだから。

VGAだってこれだけ種類を売っている小売店は珍しいと思います。ケースも恐らく、うちが日本一売っているでしょう。ケースは見方を変えればただの箱なわけで、売れ筋は数千円から2万円弱ですよね、標準価格帯は。そうすると、在庫としても中は空だしかさばる、儲からない商売だけれども、でもケースは凄く重要なわけで。静音性であったり冷却性であったり大きさであったりデサインであったり、そういったものを作りこんだインターネットのページを持っているかどうか。

店であれば、池袋店でも秋葉原の本店でもeX.でも、名古屋でも札幌でも福岡でも、間違いなくうちが地域で一番品揃えしています。ケースは見て触りたいわけだから。インターネットショップでも秋葉原で実物を写真に撮って載せています。そこまでこだわってやることで、お客様が実際にお店に来られなくても、お店と同じように情報を得られるようにしようとしています。あれだけ作りこんだスペックのページというのは我々の自慢するところであり、お客様に評価して頂いているところだと思います。それを、我々の独りよがりにならないように、お客様から見て嬉しい情報、メーカーさんの都合ではなく、お客様から見て欲しい情報を我々がいち早く察して、それを作りこみ、また継続していく仕組みを作っていく、ということが、地道なようだけれども実はとても大事な仕事です。そういったことで、根本的な利便性を高めていきたいですね。

あとは、インターネットショップと店頭と法人との、いい意味での連携、補完をし合うことですね。ネット専業ショップではできないし、店だけが強いショップにもできません。我々は、店も強いしネットも強い。この業界では一番両方のバランスが取れている会社だと思います。札幌名古屋福岡、秋葉原池袋吉祥寺とお店があって、品揃えもきっちりしていて、かつネットの売り上げがこれだけあるというのは、間違いなくうちが一番です。そういう意味でも、お店も拡大していきますが、ネットも更に、うまく作りこんでいって欲しいと思います。

ネットショップヒストリーの画像はほとんどがこちらからの引用になります。

  • デジタルツクモマガジン
    1995年7月~1998年3月 ”デジタル99マガジン”

    年4回、合計12号発行。店頭で配布していた『ツクモの情報誌』
    テーマは”快適な電脳生活の為の情報誌” 商品価格はもちろん、各メーカーの方々のインタビュー、創刊号~1996年冬の7号までは、”今はなき”SHARP X68000の本体・周辺機器の情報などを掲載していました。

    X68000特集”今vs昔 <番外編> -頑張れSHARP! X68000特集-~名機に思いを寄せて~”

  • ビジネス99マガジン
    1997年12月~2000年7月 ”ビジネス99マガジン”

    法人様向けの商品を中心に季節ごとに合計10号発行しました。創刊当初はデジタル99マガジンの法人版と位置づけ、保存版のメーカーサポート一覧表やFAXオーダーシートや法人様向けサポートなどを掲載。その後、サーバーやビジネスプリンタ、ビジネスソフトなど会社で使用する商品を中心に展開していきました。

  • 99マガジン
    2000年9月~2002年3月 ”99マガジン”

    ツクモの『実勢価格』最新版として発行された”フルカラー”のカタログ冊子。当時パソコン業界で著名だった方々とのスペシャル対談やライターの方による特別寄稿の記事も扱いました。ツクモeX.のオープンと同時期だった事もあり、以前の99マガジンと比較して”パーツ色”が大きくアピールされている内容となっています。
    情報収集の手段が情報誌などの紙媒体から、ネットへ移り変わる時代の流れを汲み、惜しまれつつ終刊となりました。

ツクモネットショップ20周年ありがとう企画 ネットショップヒストリー パソコン・PCパーツなら専門店のTSUKUMOネットショップにお任せください。
各種PCパーツやハードウェアも充実のラインナップで取り揃えておりますので、これから自作パソコンを作ろうとお考えの方にも安心してご利用いただけます。
お求めになりやすい価格で自作PCのパーツや周辺機器などが購入でき、品揃えも豊富ですので欲しいパーツがきっと見つかります。
カスタマイズ可能なBTOパソコンをお探しの際にも、是非ツクモにお任せ下さい。

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